2020年8月27日木曜日

村上春樹『一人称単数』

暑い日が続く。
昔はこんなに暑くなかっただろう、35℃を超す猛暑の日なんて何年かに一度か二度くらいしかなかったはずだ。寒暖計の目盛りが30℃をひとつふたつ超えていると、今日は相当暑いぞと子どもの頃は思ったものだが、ふりかえってみたところでどうにもならない。暑いのは今が暑いのであって、昔が暑かろうが暑くなかろうが今日の暑さとは関係がない。昔はよかったとか、こんなはずじゃなかったと愚痴をこぼすに等しい。
西には西だけの正しさがあるという/東には東の正しさがあるという/なにも知らないのはさすらう者ばかり
中島みゆきの「旅人のうた」をワイヤレスヘッドフォンで聴きながら(この曲以外にもいろいろ聴きながら)、先日、西も東も同じような猛暑のなか、もちろん空調は効いている快適な高速バスに乗って南房総まで墓参りに行ってきた。
車中で村上春樹の新作を読む。村上春樹が本を出すとマスコミはにぎわう。その著書のほとんどが過去において話題の新作だった。そして今回の新作は、これまでの作品とはちょっと違った短編集であると感じた。作者自身の体験をベースにした創作とも言われている。いつものような(特に長編小説によくあるような)ぐいぐい引き込まれるような読み心地とは違う。ひとつの短編のなかで話が次々に飛んでいく。場面も時間も飛ぶ。
かつて村上春樹はインタビューのなかで「作家にとって書くことは、ちょうど目覚めながら夢を見るようなものです。それは、論理をいつも介在させられるとはかぎらない、法外な経験なんです」(『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』)と語っている。自身の実体験を夢に見たのかもしれない。まるで誰かの夢のなかに迷い込んだみたいな短編集だった。
子どもの頃の記憶を蒸し返しても仕方ないのだが、どんなに猛暑の日であっても朝晩は涼しげな風が吹いたものだが、最近は夜中であろうと明け方であろうと容赦ない。
暑い日はまだまだ続く。

2020年8月26日水曜日

ちばかおり『ハイジが生まれた日』

僕が籍を置く会社は45年前にできた。
創業者たちは1975年の8月にそれまでいたCM制作会社を飛び出して、会社をつくったのだ。西麻布の交差点近く、15平方メートルに満たない狭いマンションの一室。まるでガレージでコンピュータをつくりはじめたみたいなイメージを持つがそれほどドラマチックじゃない、おそらく。
創業者たちのいた会社はTCJ(日本テレビジョン株式会社、1969年に社名変更)という。輸入商社ヤナセの子会社で戦後いちはやくテレビの時代を見越して、CMと番組コンテンツ(アニメーション)の制作をはじめた。日本で最古のテレビコマーシャルは精工舎(現・セイコーホールディングス)の時報CMで、その制作を担当したのがTCJである。僕たちの世代が子どもの頃夢中になったテレビアニメ「鉄人28号」や「エイトマン」もTCJ制作だった。
テレビ(とりわけ民間放送)が急速に普及したことで、CM制作は急成長を遂げた。その一方でテレビアニメーションは採算が悪く、需要があるにもかかわらず、多くの手数がかかったためTCJをはじめとするコンテンツ制作会社のお荷物部署になっていった。
TCJに高橋茂人という人がいて、ヨハンナ・シュピリの『アルプスの少女ハイジ』をテレビアニメにしたいという夢を持っていた。この本『ハイジが生まれた日』の主人公である。TCJがアニメーションの仕事を手放したとき、エイケン(これはサザエさんの制作で知られている)と瑞鷹エンタープライズというアニメーション会社が生まれた。高橋氏は瑞鷹をつくった人である。
アニメーションの世界にGAFAのような巨大企業は存在しない。自分たちのつくりたいものをつくる。多くのスタッフがかかわって、我が強いアーティストたちがぶつかり合う世界だ。日本のアニメーションの歴史は離散集合をくりかえしてきた。なかなか一筋縄ではいかない。
この本は、そんな歴史の一シーンを描いている。

2020年8月24日月曜日

池井戸潤『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』

基本は在宅ワークであるが、ときどき出社する。
出かけたついでに区役所や図書館に寄ったり、買い物をしたりする。ふだん、家にいるときはたいていお昼に蕎麦を茹でる。たまに焼きそばにしたり、炒飯をつくることもあるが、ほとんど蕎麦なので、外出するとラーメンが食べたくなる。それでも外出する機会は少ないので、今年の夏はまだ冷やし中華を食べていない。めずらしいことだ。
先日、半沢直樹の『オレたちバブル入行組』を読んで、銀行の話なんてたいしておもしろくもなかろうと思ったものの、つい続編も読んでしまっている。どちらかといえば、僕はこのシリーズに登場する銀行マンたち以外の人間と同様、「しょせんは金貸しだろ」というスタンスでいる。
そもそもが高校時代進路を選択するにあたって、文系を選び、しかも法律であるとか経済であるとかいった社会科学を学ぼう気がまったくなかったのである。大学に進んでからも一般教養の法学や経済学、社会学などは一般強要以外の何ものでもなかった。親戚にも金融関係は少ない。父方の叔父、そして父の従弟に証券マンと銀行マンがいたが、母方にいたっては、建築家、挿絵画家、自動車整備会社経営、役所の土木担当、医者などがいて、あまり社会科学のにおいはない。
それでももう何年も前になるが、姪が結婚した相手が銀行マンだった。知り合いに銀行員ができて、至近距離でまじまじと見た。身近にこういう人がいるのも悪くはないなと思った。不思議と安心感があるのである。もちろん銀行マンだからおもしろくともなんともない。たまに会うと「おーちゃん、おひさしぶりです」などと挨拶する。姪たちから僕はそう呼ばれている。どことなく「安定」という二文字に声をかけられているような照れくささを感じる。
それはともかくとして、続編を読んでしまった。この物語のなかでいちばん頭がいいのは半沢と同期で親友の渡真利ではないかと薄々思っている。

2020年8月18日火曜日

大橋一慶『ポチらせる文章術』

このブログのシステムが変わったのかどうか知らないが、最近改行すると、一行分スペースが空く。別にそれで困ることもないので放っておいている。かえって読みやすくなったのではないかとも思う(さほど多くの読者がいるとも思えないのだが)。
以前、広告会社に在籍していた。上司だった某氏のアドバイスを今でもおぼえている。どんなに一人前になっても(いまだにその意識はないが)、ときどき広告の本を読め、月に一冊は読めと。そんなわけで好き勝手に読書するかたわら、たまに広告の本を読む。小難しいマーケティングの本や、字を追っただけではわからないアートディレクションの本ではなく、圧倒的にコピーライティングの本が多い。若い頃からコピーを書くことにコンプレックスを感じていたせいもあるかもしれない。某氏の名前は齋藤多加緒だ。今ふと思い出した。
話題の広告キャンペーンを手掛けたり、大きな広告賞を受賞したクリエイティブのビッグネームの著作が多い。結局、本なんてものは、世の中に流通する情報の多くと同様、どんなことが書いてあるかより、誰が書いたかで話題になるからである。
この本の著者は知らない人である。市井のコピーライターなどといっては失礼か。とりわけ、「宣伝会議」や「ブレーン」に取り上げられるようなビッグキャンペーンを仕掛けたビッグネームではない。ビッグな広告会社にいて、手のまわらない仕事を再委託していたような人でもない。地道に(と言ってはさらに失礼に当たるかもしれないが)コピー=広告文案の効果と可能性を実践し、一般の人に説く。こんなことを言っちゃなんだが、ビッグネームを講師陣に並べただけのコピーライター講座より、もしかしたら役に立つだろうとも思える。
古書店で少し気になるタイトルを見つけて、読んでみた、あるいは、出張で訪ねた地方都市のさびれた映画館でどんな映画かわからないのについつい観てしまった、そんな感じの一冊だった。

※改行スペースが空く現象は書式をクリアすることによって解決された(2020年11月17日)。

2020年8月15日土曜日

小西利行『仕事のスピード・質が劇的に上がる すごいメモ。』

 

例年であれば、お盆は南房総市の父の実家で過ごす。
今年はそうもいくまいと思い、日帰りにすることにした。東京では猛暑となっても、館山から先は東京ほど最高気温は高くない。午後遅くなれば、海風が吹いてきてしのぎやすくなる。ところが一昨年、昨年あたりから南房総でも気温の上昇が都心並みになってきている。水筒に氷水を入れ、帽子を用意し、濡らすとひんやりするタオル(という猛暑対策グッズがある)を持って、もちろんマスクもして。
千葉駅から高速バスに乗って、南房総市千倉町千田にある潮風王国という道の駅で下車する。平日とはいえ、この時期多少の混雑・渋滞は避けがたく、20分ほど遅れての到着だ。そこから昨年亡くなった大川(千田の隣集落)の伯母の家は歩いて6~7分ほど。従兄にアイスコーヒーをごちそうになる。すぐ近くにもうひとり伯母の家がある(2000年に亡くなっている)。線香をあげて、さらに隣集落の白間津に移動する。やはり伯母の家がある。千倉町に住んでいた伯母を三女、長女、次女の順に訪ねたことになる(母は四女である)。それから海雲寺という真言宗の寺に向かう。祖父母と母の兄が眠っている。
お盆の期間南房総に滞在する例年だと、14日にこの道をたどる。今年は日帰り。あわただしい。ましてや時節柄、濃厚接触者にならないよう滞在を短くするようにした。味気ない。
小西利行『仕事のスピード・質が劇的に上がる すごいメモ。』を読む。
自慢話が下手、タイトルが稚拙、というのが第一印象。
作者はかつてプレステーションの雑誌広告のコピーを担当し、小霜和也にずっとダメ出しをされ、ついには「コピーライターが面白いのを書けないので、今回は休載です。」と書かれた原稿を出稿された人物である(以後、危機感を感じて面白いコピーを書けるようになったという)。
先日読んだ小霜和也『ここらで広告コピーの本当の話をします。』に書いてあった。

2020年8月13日木曜日

池井戸潤『半沢直樹1 オレたちバブル入行組』

コロナ感染拡大はまだ続いている。
ウィズ・コロナとかアフター・コロナなどと言われているけれど、たしかにぞれ以前とは生活は変わってきている。在宅ワークになって、毎日のように犬たちを連れて散歩するのが日課になっている。下手をすれば、一日の運動らしい運動がそれだけになってしまうこともある。
ウォーキングや散歩の記録を残すスマホのアプリもある。高校の先輩が使っている。歩いた経路が地図上に残り、トータルの時間と距離、そして平均ペースなどが記録される。おもしろそうなのでダウンロードしてみる。いつも行く駅前のスーパーマーケットの往復だけでは物足りないから、少し遠くの店まで歩いたりする。犬の散歩ではだいたいどんなコースをたどれば、どれくらいの距離でどれくらいの時間がかかったかがわかるので、日によってたくさん歩いたり、暑い日は少し短めにしたりと蓄積されたデータを日々参考にしている。
このアプリはアメリカのスポーツ用品メーカーが開発している。1.6キロを過ぎると、1.6キロを過ぎました、平均ペースは時速何キロですとアナウンスされる。ずいぶん中途半端な距離で途中経過を知らせてくれるのだなと思っていたが、要するに距離の単位がマイルなのだろう。1マイルを過ぎると途中経過を知らせるように組み立てられたいるのだ。距離がマイルのままだとわからない国や地域も多いのでアナウンスだけが1.6キロ通過時の所要時間と平均ペースを伝えるしくみになっている、と推測した。だからなんだということもないのであるが。
コロナ騒ぎで昔のドラマが再放送されていた。
池井戸潤のドラマは「ルーズヴェルト・ゲーム」と「下町ロケット」は視ていたが、「半沢直樹」を視ていなかった。銀行を舞台にしたドラマなんて結局刑事ドラマみたいなものじゃないかと思っていた。実際にそんなものなのだろうが、思っていたよりもおもしろかった。
ついでに原作も読んでみた。