2020年2月26日水曜日

松本清張『点と線』

JR大井町駅の南側に通称「開かずの踏切」がある。子どもの頃は近くに鮫洲などという地名もあったから、アカズの踏切というのは固有の名称だと思っていた。都市部を中心にそこらじゅうにあるものだと知ったのはずいぶん大人になってからである。気がついたときには、踏切のすぐ近くに歩道橋ができた(いつごろできたか記憶にないが、本来の機能を発揮しない踏切の代替機能をじゅうぶんに果たしていた)。
小学生の頃、にわかに鉄道ブームが起こった。
友人らと日曜日の朝、写真を撮りに出かける。歩道橋からのアングルはちょっとかっこよかった。それぞれが当時どの家庭にも一台はあった小さなカメラを持って出かけた。オリンパスペンとか、リコーオートハーフ。僕が使っていたのはキヤノンデミというやはりハーフサイズのカメラだった。
何を撮るかといえば、前日の午後九州を発した寝台特急列車である。西鹿児島から、熊本から、長崎、佐世保から夜を徹して走り続けたブルートレインが早朝から東京駅にたどり着く。当時牽引していたのはEF65という電気機関車である。前面にはさくら、みずほ、はやぶさなど列車の愛称を記したヘッドマークプレートを掲げていた。要するに撮りたかったのはそれである。
松本清張に限らず、昭和の小説や映画では夜汽車が数多く走る。ブルートレインと呼ばれた豪華な寝台特急列車だけではない。堅い二等車の座席で目がさめると窓外は一面の雪景色だったりする。
この小説は、鉄道愛好家の間で時刻表に精通した犯人が巧みなアリバイ工作をはかることでもよく知られている。東京駅13番線ホームから15番線に停車中の博多行き特急列車を見渡せる例のシーンである。
定期的に運行される寝台特急も今となってはわずかとなってしまった。夜間長距離を走る列車もあるにはあるが、不定期運行となっている。松本清張で夜汽車の気分を味わうというのはちょっとしたぜいたくである。