吉田篤弘の本をはじめて読む。最近は題名や装幀を見ただけで読みはじめることが増えている。大抵の場合、どの本もおもしろく、楽しませてもらっている。この本も例外ではない。
舞台が抽象的な空間で不思議な感覚にとらわれる。商店街や踏切があったりするのにどことなくリアルでない空間に思えてくる。登場人物の名前も何か奥深いところで意味を持っているのではないかと思わせる。一編一編がきわめて短く、不思議な感覚のまま読み終えてしまう。どこがというわけではないが、村上春樹を読んでいる感じに近い。『街とその不確かな壁』を読んでいるような気持ちになる。
どの小編もすばらしいのだが、「青いインク」「青いインクの話のつづき」「ヒイラギの青空」が特に気に入った。小さな町の小さな工場で何年も何十年もつくられてきた青いインク。大きな町の老舗文具店でそのインクを売っている女性店員がインク工場に見学に出かける。電車やバスの駅もなく、役所や銀行や郵便局もない不思議な町。道という道は迷路のよう。その工場は細い路地の奥にあった。
青いインクで思い出すのはイラストレーター安西水丸だ。安西はカラートーンを使った作品が多く知られているが、ブルーのインクだけで描いたイラストレーションも味わい深く、いい。生前は定期的に「ブルースケッチ」という展示を南青山のスペースユイで行っていたことを思い出す。旅先の風景を青の万年筆でスケッチした作品である。
安西の最初のエッセイは深川、赤坂、九段など思い出の地を歩いてはスケッチし、文章を綴った『青インクの東京地図』だ。そのせいもあって僕のなかでは安西水丸は青インクの人なのである。この本を読み終えて、彼の使っているインクはこのインク工場でつくられていたのではないかと思えてきた。いつも大きな町の歴史ある文具店で購入していたのではないか。あるいは小さな工場まで足を運んだかもしれない。などと想像してみる。
