2008年8月28日木曜日

青柳瑞穂訳『モーパッサン短編集』

今月は、高校野球とオリンピックの2大イベントで読書量が激減。昼間はラジオで、夜はテレビでと耳と目を消耗した。
高校野球の決勝は大阪桐蔭と常葉菊川。これは去年の春、出張ついでに立ち寄った甲子園で観戦した対戦だ。この夏は大阪がリベンジしたかたちになったが、去年の中田のような中心的存在がいないながらもどこからでも得点できる好チームだった。守備もよかった。一方で常葉菊川は戸狩を中心としたチームだけに彼の故障が痛かったのではないか。
オリンピックは卓球男子シングルスの決勝、王皓対馬琳が興味深かった。これだけシェークハンドのプレイヤーが多数ある中、ペンホルダー同士の対戦とあって、録画してくりかえし視てしまった。

モーパッサンの短編集は以前、岩波文庫の高山鉄男訳で読んだが、こちらの新潮文庫版は、三分冊となっており、(一)は田舎もの、(二)は都会もの、(三)は戦争ものと怪奇ものと分けられている。果たしてそれが読み手にとって親切かどうかは別として、360ほどあるモーパッサンの短編の65編がここにおさめられている。もちろん岩波版と重複するものある。
前回、寝しなに読んでいたせいか、電車の中で読みはじめると眠くなる。これは条件反射か、テレビの見過ぎ、ラジオの聞き過ぎか。ともあれ、まだ全部読んでしまったわけではない。行く夏を惜しみつつ、ゆっくりゆっくり読んでいこう。


2008年8月11日月曜日

スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』

以前同じマンションに住んでいたBさん一家は、ふたりの子どもが同い年ということもあり、いまだに家族ぐるみで付き合っている。もう何年も前に彼らは西宮に引っ越したのだが、年に一度は遊びに行くか、来るかしている。
今年、BさんちのAちゃんが甲子園の入場行進のプラカードを持つことになった。開会式をテレビで視て、「おお、映ってる!」と、わが娘を見つけたかのように興奮した。
甲子園というところは不思議な場所で、新聞などによる下馬評は、直近の地方予選の結果に加えて、春の選抜大会や地区予選の結果をベースにしている。春の近畿大会を征した福知山成美が強いだとか、同じく関東大会を勝った木更津総合が頭ひとつリードしているなどと報道される。春の選抜ベスト4で地方予選を勝ち抜いてきた唯一の学校である千葉経済大付が注目されたりするわけだ。
でもって、そうは簡単にはいかないところが甲子園のすごいところなのだ。

1985年に野崎孝訳で『ギャツビー』を読んだ。そのころ映画も観た。ロバート・レッドフォードが主演だった。そもそもは村上春樹が高い評価を与えている小説ということで読んだのだ。村上訳を読んでも、やはりこれは簡単な小説ではない。が、村上春樹のこの小説に対する思い、みたいなものは翻訳からもじゅうぶんうかがい知ることができる。

続々とベスト16が決まっていく。常葉菊川、智弁和歌山、横浜、浦添商と千葉経大付の勝者が優勝候補とにらんでいるのだが…。

2008年8月1日金曜日

山本文緒『プラナリア』

でね。
ぼくらは学校の体育館を追い出され、児童館で卓球をするようになったわけだ。単に遊び場所が変わったっていうふうに解釈すれば、まったくそのとおりなんだが、実のところ遊び場のダウンサイジングはぼくらの卓球のスタイルにも影響を与えた。つまり、ぼくらが覚えた卓球は体育館というある意味、小学生にとって卓球をやる上で無尽蔵なスペースだったわけで、卓球台の両サイドを走りまわる、まさに純日本的なドライブ卓球が身についていた。相手からスマッシュされたら、まずは下がる。ロビングでひろえる限りひろって、向こうのミスを待つ。あるいは打ち切れなかったゆるいボールに飛びついてカウンタースマッシュをする。まあ、なかなかそこまで技術的には追いついていなかったけどね。少なくともぼくらは71年世界卓球の伊藤繁雄からそんな卓球を教わっていた。
それがだよ。児童館は遊戯空間としては適度な広さと快適さ、さらにはちょっと新しい遊具の数々があって、子どもにとってはこんな恵まれたスペースはなかったんだ。でもだよ。そうした多目的プレイスペースに卓球台も置かれているわけで、これはいきなり「小さく前へならえ!」の状態で卓球をするようなものなんだ。しかも天井が低い。下がってロビングなんてまず不可能。要はここではラケットを振って、ボールを打ち返すことはできても、名古屋世界選手権団体戦、荘則棟に代わって中国のエースとなって活躍した李景光が繰り出すスマッシュをかろうじてロビングでしのぐ伊藤繁雄、みたいなラリーは望むべくもないということだ(もともとそんな技術もないのだが)。
結局、児童館卓球はぼくらを卓球台のすぐ近くに立たせて、そこで卓球をするすべての子どもたちを前陣速攻型のプレイヤーに変えてしまった。

でね。
山本文緒は最近新しい短編集を出したそうだが、そちらはまだ読んでいなくて、テレビの○曜ロードショウで以前のヒット作を見るように『プラナリア』を読んでみた。
この本を読む限り、どの短編も結末近くなると急激に話が展開しだす。あれよあれよと話が動き出し、いつしか終わっている。

ただ、前陣速攻というのはフォアもバックも同じように強くて速い打球を打てなければならないんだよね。ぼくらのまわりでバックハンドが難しいペンホルダーよりシェークハンドグリップが増えてきたのも、もとを正せば児童館のせいなのかもしれない。