2017年8月27日日曜日

佐々木俊尚『ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術』

甲子園が終わると、来年の甲子園に向けて2年生中心の新チームが始動する。
当面の目標は北海道、東北、関東、東京、東海、北信越、近畿、中国、四国、九州の10地区の代表を決める地区大会だ。北海道と東京をのぞけば、地区大会の優勝・準優勝チームが来春のセンバツに出場できると思って間違いない。
東京都も来月から地区大会の一次予選がはじまる。24の会場で勝ち進んだ64チームが本大会に進出。新チームによる最初の公式戦なのでシード校はない。ガラガラポンの抽選で組み合わせが決まる。
組み合わせが決まった翌日の新聞で記事になっていたのはこの夏ともに甲子園まで駒を進めた東海大菅生と二松学舎が初戦で対戦する。もちろんここで負ければ夏春連続出場はなくなる。
この一次予選は江戸川球場などをのぞけば指定された当番校のグランドで行われる。当番校というのはシード校みたいなもので、当番校同士は本大会まで対戦しない。当番校でない学校は自校にグランドを持っていても他校で試合をする。強豪チームのグランドへ出向いて、組み合わせ抽選によっては初戦で強豪校とぶつかる。今回の二松学舎はそうした例だ。
二松学舎だって千葉県柏に人工芝の野球場を持っている。ただ会場校に指定されないだけである。立地の問題もあるだろう。遠方の学校が早朝柏まで遠征するのは容易ではない。東東京の学校は千葉、埼玉などにグランドを持っていることが多い。都外で会場になっているのは埼玉県八潮市の修徳くらいのものだ。
ということで24の会場のうち19までが西東京で行われる。二松学舎や安田学園、東海大高輪台など東東京の強豪は遠征を余儀なくされるわけだ。
だからどうということでもないが、有力校が早々と姿を消していくのは残念でならない。
4年ほど前に読んだ本。
ネット時代は自己PRや本書の題名にもなっているセルフブランディングが容易にできるという。裏返せば個人情報がだだ洩れになるということでもある。

2017年8月22日火曜日

チャールズ・ディケンズ『二都物語』

今夏全国高校野球選手権大会は花咲徳栄高校が優勝した。
埼玉県勢初だそうだ。
とにかく今年は打撃の大会だった。昨秋の明治神宮大会決勝は履正社が11得点、センバツ決勝は大阪桐蔭が14得点、そしてこの夏の決勝も花咲徳栄が14得点である。この夏の大会は本塁打も68本飛び出した。広陵の捕手中村奨成は清原を上回る大会新の6本塁打を打った。ここしばらく高校野球は攻撃力主体になるのだろうか。
何年かにいちど、長い小説を読みたくなる。それがディケンズだったりする。英文学が好きだというわけではない。ディケンズも『デイヴィッド・コパフィールド』『オリバー・ツイスト』くらいしか読んだことはない。
『二都物語』はずいぶん昔のことだがテレビで放映された映画をビデオテープに録画して(それもベータマックスだったからたしかに昔のことだ)、何度も観ようと思った。テレビに映し出されるモノクロの画面。馬車がやってくる。と同時に眠気もやってくる。そういうわけで結局最後まで観ることもないまま世の中からベータ方式のビデオデッキはなくなってしまったのだ。
ということで今回手にしたこの本は中学生がはじめて文庫本を買ったときと同じくらいまっさらな状態といえる。最後どうなっちゃうんだろうという予備知識も何もなく読み進めるって楽しい。もちろん過去に読んだディケンズから多少なりとも学習はしているので、どのみちハッピーな結末が待っているのさ~なんて予想を自分なりに立ててはいた。
期待は、いい意味で裏切られた。こんな結末だったのかと。もちろんここで詳細を書くつもりはない。要するにこれまで読んだディケンズ的な終わり方じゃなかったっていうことだ。つくづく映画をちゃんと観ておかなくてよかったと思った。
東京ではもうすぐ秋季大会のブロック予選がはじまる。来夏に向けて、その前にセンバツに向けて、さらには明治神宮大会に向けて野球の新しい季節が今年もはじまる。

2017年8月20日日曜日

吉村昭『闇を裂く道』

丹那トンネルが開通するまで東海道本線は国府津から箱根の山を迂回して沼津に出ていた。
旧東海道本線は御殿場線という名のローカル線になっている。古い幹線の名残りを見に国府津まで出かけたことがある。もともと東海道本線なだけあって、かつて複線だった跡やトンネルの跡を見ることができた。
富士山を間近で眺めることのできるのどかなローカル線ではあるが、東海道本線時代には輸送量の多さと勾配のきつい難所越えがネックだった。国府津や沼津での機関車交換に時間をとられた。急坂を登りきれずレールの上を車輪が滑るため、機関車前部から砂を巻きながら走ったともいう。
SLの時代でなくなってからも国府津駅にはしばらく機関庫と転車台が遺されていた(ように記憶している)。雄大な富士をバックに蒸気機関車全盛期に思いを馳せる。
丹那トンネルは熱海(来宮)と函南を結ぶ。完成当時清水トンネルに次ぐ日本で二番目に長いトンネルだった。その上は丹那盆地があり、湧き水の豊かな水田地帯だったという。わさびが名産だったというからそれはきれいで豊かな水だっただろう。
吉村昭のトンネル作品には黒部ダム建設用のトンネルを掘るノンフィクション『高熱隧道』がある。火山帯の高熱地下を掘り続ける話だった。こんどのトンネルは水攻めである。トンネル内に流れ出る水は工事を難航させただけではない。丹那盆地の住民の生活をも変えてしまった。出水で枯れたこの地はその後酪農と畑作を主とするようになった。
なにしろ15年もの歳月をかけて開通したトンネルだ。この本だけでは語り尽くせぬ物語があったにちがいない。崩落事故や崩壊事故で多くの犠牲者を出した。崩落事故にまきこまれた17名の作業員が一週間後救出される。闇の中でじっと救助を待つ。読んでいるだけで酸素が薄く感じられてくる。
こんど熱海に行く機会があったら、温泉なんてどうでもいいから、トンネルの入り口を見てみたい。

2017年8月9日水曜日

吉村昭『高熱隧道』

トンネルを掘ったこともなければ、トンネル工事を想像したこともなかった。
黒部川発電所建設のインフラ整備のひとつとして谷深い秘境にトンネルを掘る話がこの『高熱隧道』だ。
広告の仕事を続けていてよかったと思うのは、自分では経験できなかった職業の人と出会えたことだ。銀行や証券会社、食品会社などの担当者からそれぞれの業界の苦労話を聴くことは楽しいことだ。空調設備の設計や船舶の船級審査など、一生知りえなかった仕事だったかもしれない。製靴会社の工場で見せてもらった職人の技術も忘れられない。
ひとりの人生でふれることのできる職業の数なんてたかが知れている。そういう意味では吉村昭は興味深い作家である。日本全国を駆けまわって蜂蜜を採取する養蜂家、青森県大間でマグロを釣る人、戦闘機や戦艦をつくる人。読書ならではの出会いだ。
東京の葛西に地下鉄博物館という施設がある。トンネルはシールドマシンという円筒形の巨大な掘削機で掘り進むと紹介されていた。さほど難しい作業ではないと思っていた。ところが読んでみると黒部峡谷に穿ったトンネルの工法はそうではない。穴を開け、ダイナマイトを入れ、爆破する。土砂を運び出してはまた穴を開けてはダイナマイト。この作業を延々繰りかえす。トンネルの両端から掘り進み、中心点はほとんどずれないというから驚きだ。技術者の設計がそれだけ正確であるということらしい。
大手ゼネコンである大成建設は「地図に残る仕事」というキャッチフレーズでずいぶん長く企業広告を展開している。魅力を感じる素敵なコピーだ。しかし建設土木というと危険をともなう仕事である。ましてや相手が“自然”ならなおさらだ。命がけの仕事だ。
黒部峡谷のトンネルの場合、現場にたどり着くだけでも命がけの現場であり、自然の脅威にさらされながらの作業が続く。手に汗握るシーンが続く。もちろん手に汗をかくだけでは済まない。なにせ“高熱”なのだから。