2005年3月29日火曜日

梁石日『血と骨』

在日文学というものをさほど意識することはなかった。
この本を手に取ったのは崔洋一監督の映画を観たからであり、なぜ映画を観たかというと仕事で韓国に行ったことで、こちらにわたってきた韓国の人たちに興味を持ったからである。映画ではビートたけしが好演している。原作では巨漢の金俊平役を決して大きくない身体で演じているのだ。身体の大きさなんてどうでもいいことなのかもしれないが、ことこの小説に関する限り、身体は重要なモチーフである。身体というより、肉体というべきか。金俊平にとって生命は精神にみなぎることなく、肉体からあふれ出し、ほとばしるものである。そして戦中、戦後の日本人はもちろん、在日の人たちにとって何よりも必要だったものが、心ではなく、身体だったのだろう。
一方で金俊平にまったく欠如している精神性はその妻李英姫と子どもたちに垣間見ることができ、凶暴な身体性と対をなしている。その身体性はやがてお金という暴力に形を変え、金俊平をさらに凶暴な人間にする。やさしさやぬくもり、思いやりといった本来人間社会を支える柱が圧倒的な力、暴力、肉欲によって封じ込められる時代、いうなれば人間の原初は動物的なものであったと思わざるを得ない時代を梁石日は生き抜いてきたかもしれない。
そういった意味で在日文学は実は奥深く、闇と混沌に覆われている。だからこそ、人間とは何かという問いかけに鋭い視点を投げかけることができるのだろう。
ちなみに映画と原作は微妙に異なっている。シナリオの元になったのは、この本よりも作者の半生であると思われる。登場人物の名前や映画で扱われているエピソードはむしろ作者の回顧録である『修羅を生きる』に基づいている。これは崔洋一が映画に原作以上のリアリティを求めたかったからだろうとぼくは思っている。
(2004.11.17)

2005年3月27日日曜日

山本一力『ワシントンハイツの旋風』

山本一力という人は時代小説の作家らしい。一度テレビに出演しているとき、その風貌が時代小説だなあと思ったのだが、一方でその声がやわらかい低音でダンディな印象を受けた。
この本は彼の初めての現代小説だという。昭和30年代、中学生の主人公は高知から東京に出てくる。代々木上原界隈の新聞配達を高校卒業まで続け、その間当時代々木にあったワシントンハイツで英語を身につけ、後に旅行代理店に転職する。
ワシントンハイツというのは今のNHKや代々木公園一帯にあった米軍の住宅施設である。ぼくが物心ついたころにはすでになかったと思うし、代々木界隈はぼくにとって疎遠な土地であったこともあって、この本を読むまでは全く知らなかった。代々木公園はずっとずっと昔から、だだっ広い公園だと思っていた。
さて山本一力は時代小説の人だというが、なんとなく文章からもわかる気がしないでもない。文章が武骨な感じがするのだ。骨太でごつごつしてて、不器用そうな文章。さらっとなめらかで、スマートな描写があまりない。ざらざらしてでこぼこしている。そういう作風の人なのか、あるいは主人公の人生と、その背後に広がる昭和という時代を描くためにわざとそうしているのかはわからない。上手に噛み切れないするめを齧るように読みすすむことで昭和の味をじっくり味わう、そんな本だと思った。
それにしても昭和の中ごろは実に貧しかったと思う。急激に生活や文化が新しくなったことがいっそう貧しさを際立たせていた。ただぼくはそんな貧しい毎日の中で生まれ育ったことをとてもよかったと思っている。
(2004.2.8)

2005年3月23日水曜日

よしもとばなな『デッドエンドの思い出』

ツイードやフラノのジャケットに袖を通すときのあたたかくつつまれた感触が好きだ。
昔、高校入試で「夏と冬とではどちらが好きですか」という英作文の問題に「わたしは冬のほうが好きです」と思わず書いてしまった。天真爛漫な夏よりも寒さに緊張する冬のほうがなんとなく好きだ。江國香織も「冬のいいところの一つは窓がくもることだ」(『流しのしたの骨』)とか「冬は知恵と文明が要求される季節」(『神様のボート』)と書いている。
たいていの人がそうであるように、よしもとばななの小説にスリルや衝撃的なものを求めてはいない。入り江の波や静かな湖の水面を眺めるような時間を求めて読むのではないか。ぼくはそう思っている。そして、よしもとばななはどんよりと重くかすんで、それでいて甘い冬空を描くのがうまい。
読みすすむにつれて、特に「あったかくなんかない」で描かれている少年と少女の交流はどことなくトルーマン・カポーティを読んでいるような錯覚にとらわれるが、これはやはり気のせいだろう。
本人がいちばん好きな作品とあとがきに書かれているが、このせつなくてつらい短編の数々は彼女の人生の波立った部分を抽出したエキスのように思える。もちろんそれはせいぜい「さざなみ」程度のものであって、大方の読者を裏切るものではないだろう。いずれもせつなさ、つらさ、悲しい出来事からのリハビリが描かれている。ひとことでいえばリハビリ小説といってもよいだろう。人は不幸からのリハビリの中に幸せを見出すのかもしれない。
(2003.11.19)

2005年3月20日日曜日

柴田敏隆『カラスの早起き、スズメの寝坊』

体重が気になりはじめ、徒歩5分の西武線の駅で乗り降りするのをやめ、JRの荻窪駅まで歩くようにした。もちろん風雨の強い日は避けるし、早朝の仕事の際は近くの駅を利用している。
歩いてほぼ30分。これだけの時間があるとさすがに飽きる。でもって家並みを眺めたり、公園に寄ったり、それなりの暇つぶしをすることになる。野鳥観察はそんな日常のなかから生まれたぼくの数少ない趣味のひとつだ。野鳥といっても都内の公園や木立に見られる鳥だから、たかが知れている。スズメだのムクドリだのヒヨドリだの、いわゆる都市鳥の域を出ない。たまにハクセキレイやカワセミを見かけるとその珍しさに感嘆してしまう。時たま種類のわからない鳥を見かけると仕事場にある図鑑で確認する。こうして少しづつ野鳥の名前のレパートリーがひろがってくる。
趣味といってもその程度で、写真を撮ろうなどと考えたら、高額な超望遠レンズが必要になるだろうし、野山に出かけるとなるとそれはそれでめんどうだ。あくまで手近で簡便な娯楽にとどめている。とはいえ、眺めているだけでもなんなんで多少は知識や教養としてのバードウォッチングを身につけてもよかろうと思い、手にとったのがこの本だ。
著者は少年時代から鳥が好きだったらしい。筋金入りのバードウォッチャーというわけだ。野鳥の生態からなにからまったく無知な人間にとっては神様のような存在だ。しかもこの本、副題に「文化鳥類学のおもしろさ」とあり、いわゆる野鳥の専門書ではなく、野鳥の生態をおもしろおかしく(実際におもしろいかどうかは別として書き手の意図は伝わる)人間の文化や生活になぞらえて書かれているので気軽に読める。
ただね、著者が長年書き溜めたものが本になっていることと著者自身がご年配であるせいもあって、書かれている内容がずいぶん昔のことなんじゃないかなあって気がする。おそらくは20年近く前のことが書かれていると思うのだが、果たして文中の場所に行ったら、その鳥は本当に見られるんだろうか。まあ、そんなこと自分でたしかめればいいんだけどね。
(2003.11.13)

2005年3月18日金曜日

堀尾輝久『いま、教育基本法を読む』

堀尾輝久氏といえば、氏の博士論文でもある『現代教育の思想と構造』が知られている。教育学を志す人にはうってつけの一冊だろう。そのなかでは戦後教育の理念がどのように生まれてきたかを教育思想の歴史をたどりながら克明に描かれている。単なる反体制的読み物ではない。ややもすれば体制批判、権力批判に終わってしまう教育本とは土台が違うのである。
さて、この本はどうか。さすがにジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソーから解き明かされてはいない。どちらかといえば平易で説得力のある語り口である。官から民へ、構造改革が推し進められるなかで、教育にも市場原理、競争原理が取り入れられようとしている。人間の尊厳をないがしろにしたビジネスライクな教育産業の時代がやってきつつあるのではないかという危惧が本書の前提として書かれている。著者はそれに対し、戦後日本が(その思想の原点はそれ以前から見出されていたのだが)育んできた民主教育、権利としての教育という教育思想の原点に立ちかえって反論する。もちろん教育思想史に精通した著者であるから、それを知っている読者にとって、その説得力はかなりのものだ。
とはいえ、ぼくの感想は、まだこんなことを議論していたのかというのが正直いったところだ。教育を体制側から国民の側に、という当初の基本法の理念が時代とともにねじまげられていることはたしかなのだが、権利としての教育を論じる以前にもっと大切な議論があってもいいのではないかという気がするのだ。それがなんなのか、現時点ではさっぱりわからない。もしかすると壮大な人間論なのかもしれないし、政治家の語るような愛国心なのかもしれない。正直いって、足りないことはなんとなくわかるんだが、なにが足りないのかわからない。
(2003.11.5)

2005年3月15日火曜日

養老孟司『バカの壁』

巨人軍の長嶋茂雄前監督といえば、奇妙な采配でマスコミをにぎわせていた人だ。以前、あるスポーツ番組のゲストで批判的なインタビューを受けた長嶋は、われわれは現場、すなわちグランドで野球を見ている、それは放送席やスタンドで見るのとはわけがちがう、というように長嶋らしい反論をした。長嶋の独特なインスピレーションを疑問視し、いかにも正論的な野球理論を持って見るのもひとつの野球の見方だし、リアルな戦場に立って一球一球、ものすごい緊張感の中で戦う上での判断も野球の魅力のひとつだ。つまり世の中には絶対正しいものなんてない。
私は絶対正しい、と何の疑念もなく思うことにバカの壁があるというのが本書のおおまかな主旨だ。もちろんバカの壁があるということ自体、絶対的な真理ではない。人それぞれ立場立場で主義主張は異なる。それは当然のことだし、共通理解をどうすれば生み出せるかなんてことはこの本には書かれていない。私たちをとりまくさまざまな壁をとりはらう本ではなく、壁があることを意識しなさいという本である。
著者は解剖学を専門としているが、無意識、身体、共同体など現代思想のキーワードの分析、現代世界の宗教的対立、さらには日本の遅れた行政への批判まで実に広汎な視点から人間をとりあげている。その分内容的には浅く、物足りないところも多いが、それも新書を手にする人の立場をおもんばかってくれた著者の心意気なのかもしれない。
(2003.6.21)

2005年3月13日日曜日

江國香織『いつか記憶からこぼれおちるとしても』

娘が6年生になり、だれだれちゃんは受験するだの、なになにちゃんはどこそこを受けるんだの気の早い話がはじまっている。気の早いと思うのはぼくがのんびりしているせいかもしれないが、世の中って昔からそうだったんだろうか。普通の公立学校しか知らないぼくには私立の中学校、ましてや女子校なんてとてつもなく異国のはての概念だ。
女子校時代の友だち話はすでに『ホリーガーデン』という佳作があるが、この本は女子校のライブを複数の人物+αの視点から多面的に描いている。江国香織のストーリーは淡々としていて、リアルでいいんだけど、主人公の語り口にちょっと無理があるような気がしている。失礼な言い方をしちゃうとおばさんがセーラー服を着ているような感じ。『こうばしい日々』の男の子にも同じように感じた無理さだ。ライブ感を出そうとする演出だと思うんだけど少し残念。
ぼくが通った高校の近くにも女子校、それも名門と呼ばれる女子校がいくつかあった。そこでもこの本みたいな会話や人間関係が渦巻いているだろうか。
(2003.4.11)

2005年3月12日土曜日

よしもとばなな『ハゴロモ』

実を言うとぼくがいちばんうまいと思っているインスタントラーメンはサッポロ一番である。どれも同じように見え、同じような味のするなかでサッポロ一番だけがもっちりとした食感をもち、スープにからむ存在感のある麺なのだ。ちなみにそのなかでもみそ味が一番だと思っている。塩とみそのミックスというのはいまだ試したことがない。
こんなくだりがあった。

>>人の、意図しない優しさは、さりげない言葉の数々は、羽衣なのだと私は思った。いつのまにかふわっと包まれ、今まで自分をしばっていた重く苦しい重力からふいに解き放たれ、魂が宙に気持ちよく浮いている。<<

ここだけでもこの本を読んでよかったと思った。
本人があとがきで言っているようにこれといってストーリーのなかに大きなうねりはないけれども、淡々と流れる北国の川のようなすぐれた(というかぼく好みの)おとぎ話だ。
登場人物は相変わらずで、母親が若死にしていたり、父親が事故で亡くしてしまっていたりなのだが、おそらくよしもとばななのすぐれているところは人物の描き方より人間関係の描写が巧みなことなんじゃないかと思っている。だからちょっと複雑な家族だったとしても、それがまどろっこしくないのだろう。
とにかくすべてがさりげなく進んでいく。無理なく人と人が出会い、つながっていく。そして癒されていく。よしもと小説にはよく川が描かれるけどこれほどまで川の流れのようにやさしくさりげないストーリーはいままでなかったような気がする。
(2003.4.9)

2005年3月10日木曜日

森まゆみ『昭和ジュークボックス』

毎日新聞の書評欄に紹介されているのを読み、さらに書店で南伸坊さんの軽妙な装丁を見て読んでみることにした。著者の思い出を写真と懐かしい歌で綴った個人的な昭和史という本だ。ぼく自身同じような時代を見てきて、さらに昭和30~40年代には惹かれるものがあるのでとりわけ新鮮な印象もなく、むしろ身内話や個人的な感情やら感傷やらがかえってかったるく、これといって感想もない。
著者は雑誌編集の仕事に携わっているそうだが、それにしても誤記誤植が多く、それも肝心要の歌詞の写し間違えや事実に反する記述がいくつかあった。
たとえば加山雄三の「蒼い星くず」は「たった一人の日暮れに見上げる空の星くず僕と君のふたつの愛が星にふるえて光っているぜ」じゃなくて「風にふるえて光っているぜ」だし、荒井由実の「翳りゆく部屋」は「窓辺に置いた椅子にもたれあなたは夕陽見てた」であり「夕陽を見ていた」ではない。山口百恵のデビュー曲が「ひと夏の体験」だなどと言うのはまったくもって恥ずかしい限りだ。
まあ著者ひとりのせいでもないだろうが、この手のプロ意識の欠如した本はちょっと勘弁してもらいな。
(2003.4.7)

2005年3月9日水曜日

村上春樹『海辺のカフカ』

大学4年のとき、再履修のドイツ語の授業でカフカの短編を読んだ。「万里の長城が築かれたとき」という短編だ。それまでカフカは翻訳で何冊か読んでいた。それは鬱蒼とした森のような話だったとうっすら憶えている。
この本は「不思議の国のアリス」だと思った。ぼくの枯れた想像力を刺激し、それなりに覚醒させてくれた。読後の第一印象である。四国の森に展開する想像力的世界が大江健三郎の『万延元年のフットボール』を思い出させた作品でもある。大江健三郎を読んだのは二十歳のころだった。
過去と未来のはざまにいる人間、記憶と夢。ぼくが思いを馳せたのはこのようなことばたちだ。記憶にとどまり続ける人間と記憶を失った人間。一方は文字にすべてを託し、他方は文字を受け容れない。ぼくは主人公である15歳の少年より、このふたりに強く惹かれた。とりわけ記憶と文字を失ったナカタさんの動向から目が離せなかった。過去は哀しい。終わってしまったことは、どんなものであれ、哀しい。それらを記憶としてとどめて生きていくことはさらに哀しい。そして過去をいっさい捨てて生きていくこともやはり哀しい。
記憶の有無という両極のあいだに本に集中し、知識を記憶にとどめる田村カフカ、そして同じように生きてきた大島さんがいる。大島さんは想像力の欠如した人たちを痛烈に批判するが、書物からしか想像力を吸収し得なかったこの人物こそ最大の想像力欠如者であるし、田村カフカも同じ道を歩もうとしていたのかもしれない。彼がその道を断ったところでこの物語は終わる。ぼくなりの解釈ではあるが。
今日のお昼はナカタさんの大好きなウナギでも食おうかななどと思っている。
(2002.10.4)

内田東『ブランド広告』

ぼくがはじめてとあるクライアントのコマーシャルの企画をしたとき、この本の著者である内田東がクリエーティブディレクターだった。短いことばでずばずばっとブリーフィングする人でたいていの打ち合わせにスピード感があった。
コマーシャルは藤本義一がビルの屋上から街を見下ろしながら「わからんねえ、わからんねえ」とつぶやくシンプルなアイデアを出した。コンセプトは「自然でわからないかつら」だった。若干の変更をほどこされたものの企画コンテは採用され、フィルムとなって放映された。
内田東とはそれ以来のつきあいである。
電通時代に内田東は「いい商品がいい広告を生む」とシャープな語り口でマスコミの取材に対応していた。その切れ味がこの本にも活きていると思う。広告表現の表層の暴走をきっぱりと否定する。広告表現の組み立てを重視する。執拗なまでに。事例から事例へのテンポもよく、広告クリエーティブを志す若者たち(おそらくこのあたりがターゲットだと思うが)に飽きさせることがない。媚びてもいない。
産業型社会からポスト産業型社会へ世の中が変化することに応じて広告も発信者主体から生活者主体へ変化していることも明快に語られている。昨今、内田東のいうブランド広告はダイレクトマーケティングに基づく「売る広告」と一線を画そうとしている。とはいえ、広告表現をつくる者にとって生活者インサイトの重要性はどちらにも共通していえる。また、インターネット広告や環境問題、ユニバーサルデザインに関しても言及されているところに広告表現の方向性が示唆されていると思う。
とついつい知人の本ということでバイアスがかかった見方をしてしまうのだが、世の中一般の評判としてはどんなもんだろう。
(2002.9.30)

2005年3月8日火曜日

トルーマン・カポーティ『誕生日の子どもたち』

カポーティの少年時代を描いた中短編をもういちど読みたいと思っていた。
表題作と「感謝祭のお客」、「無頭の鷹」(これは少年時代の話じゃないけど)はかつて川本三郎訳で「クリスマスの思い出」は瀧口直太郎訳で読んだことがあったが、「あるクリスマス」と「おじいさんの思い出」ははじめて読んだ。
60過ぎのミス・スックとバディー。ふたりはいとこどうしであり、親友でもある。ふたりの話は何度読んでも心があたたまる。おばあちゃんと孫という構図は梨木果歩の『西の魔女が死んだ』でもそうだったし、よしもとばななの『王国その1アンドロメダハイツ』でもそうだった。カポーティにとってこの世界は想像力的な世界というよりも実体験だったと思う。そのせつなさは本物だ。
「あるクリスマス」は家庭にめぐまれなかったカポーティの父親に対する怒りで彼自身、あるインタビューの中で「クリスマスの思い出」の裏返しだということを言っていたらしい。たしかにたたずまいがまったくちがう。
「おじいさんの思い出」はバディーとスックの話ではないが、スック以外にもバドといういとこがいて彼が祖父役になっている話だという。ただこの短編はほんとうにカポーティの作なのか疑問ももたれているということだ。仮にそうでなかったとしてもぼくにとってはこの本のなかでいちばんカポーティらしい作品であるという気持ちに変わりはない。
(2002.9.26)

2005年3月7日月曜日

よしもとばなな『王国その1アンドロメダ・ハイツ』

吉本ばななを読むのは『体は全部知っている』以来かもしれない。
今回の吉本ばななは、よしもとばななである。なぜだか名前を違えている。
山に住むおばあさんと暮らしていた女の子雫石が都会に出て、奇妙な超能力者のもとで働きはじめるのだが、その環境が山で生活していたときのそれにとても近く居心地のよさを感じはじめた矢先のできごと…といったストーリーで相変わらず奇妙な主人公と奇妙な登場人物がもりだくさんだ。
おばあさんがこんなことを言う。
「神様が、何かしたくてもあっちには言葉がないから伝えられないでしょう?だから私みたいな人が代理で働いているだけで、私が何かをしているわけではないんだよ。そしてすべての仕事は本来そういうものなんだよ。」
ああ、こんなことを子どもたちに言える親でありたいなあ。
そういえば梨木果歩の『西の魔女が死んだ』もおばあさんと山で暮らす女の子の話だった。こういう想像力は女性ならではものなのだろうか。感服する。
雫石はおばあさんに分けてもらったサボテンたちをだいじに育てる。話もする。ぼくの10歳になる娘も小さいときから草花が好きでいろんな花の名前を知っているし、花屋に行くと長いこと花を見ている。この子が大きくなって、この本にめぐりあえるといいなあと思った。
(2002.9.11)

天野祐吉『広告論講義』

先日ある大学で講義を受け持った。「広告における絵コンテの役割」という内容のものである。知の大衆化などといわれて久しいが、単なる経験談ではなく、学問としての広告、その制作過程のツールとしての絵コンテという話がしたかったが、やはり終わってみれば、単なる経験談になってしまったと思う。
ぼくたちが実際にコマーシャル制作にたずさわりながら思うことは、テレビコマーシャルは忘れられる広告であるということだ。時間軸をもつ媒体の宿命なのかもしれない。後に戻ってもう一度視ることは原則としてできない。だからこそ忘れらない広告をつくろうと努力する。あるクリエーティブディレクターの言を借りれば「読後感」ということになるだろう。
天野祐吉のいう面白い広告=時代の空気や気分を記録しているジャーナリズム表現とは実に言い得て妙である。そしてすぐれた広告制作者はそんなことをまったく意識することなく表現している。むしろ彼らは今の時代にないもの、そのうちにやってくるかもしれないものを描いているだけなのだ。たぶん。
風俗や流行現象を追いながら時代との整合性を説き明かしていく著書は多い。この本も当然その部類に入ると思う。ただ天野祐吉の著作のすぐれたところは、こうした分析を客観的に語るように見せながら、実は自身の広告論、広告に対する夢や希望を主観的に語っていることではないか。彼のそうした揺るぎないスタンスがあるからこそ、あたかも20世紀の広告にずっと寄り添っていたかのような語り口で語れるのではないかと思う。
天野祐吉は広告評論家であると同時にストーリーテリングに長けた広告観察者であり、なによりも広告の好きな翁なのだというのがこの本から受けたいちばんの印象だ。
(2002.8.7)


富野由悠季『映像の原則』

この本は氏のアニメーション制作にたずさわってきた30年余の経験から導き出された映像作品制作の原則(もちろんそれ以前からあったものであるが)をテキスト化したもので、特徴的なのは必ずしもアニメーションだけに通じる話ではなく、実写やCGも含めた映像作品全般を対象にしていることだ。
たとえばカットの方向性(上手下手の意味合い)や速度の原則だったり、もちろんイマジナリラインのことも解説されています。シナリオからコンテをつくる上での留意点などためになる話が随所に見られる。
たとえばこんなことを書いている。

>>マンガのように読めてしまうコンテは、作品として完成品に近いのではないかと感じられるのですが、よく考えてみてください。マンガのように読めるコンテは、その段階ですでに読む人の想像力が入り込めるまでのものを描いてしまっているということで、コンテそのものが完成品に近いのです。そのようなものには、映像作品を設計していくプランニング(この場合は、動きを想定した展開ということになります)の要素などはふくんでいませんから、コンテではないのです。マンガのように読めてしまうコンテは、映像作品を設計していく機能はふくまれていないと考えるべきなのです。<<

文章そのものは経験を積んだおやじのがんこ話で、叱責あり、愚痴あり、反省ありではっきりいって読みやすい本ではない。それに誤植も多い。でもそれもまあ、富野由悠季のキャラクターなんだと思えば、映像世界でがんばろうと思っている若者たちへの愛情とも読めるかもしれない。
(2002.8.5)

佐野山寛太『現代広告の読み方』

広告の仕事をしていながら、広告の本はほとんど読んでいない。広告のつくりかた的な教科書はときどきめくってみるけれども。
本来、商業的なものは好きじゃないのかもしれない。広告の仕事をしているのもただ絵を描いたり、文章を綴ったりするのが好きで、その創造的な遊びの延長としているだけかもしれない。とはいえ、多少は勉強しなくちゃという気持ちもあるのでまったく読まないわけではない。ほとんど読まない、なのだ。
たいてい広告の本を読むときはさめた目で読む。文春新書の『現代広告の読み方』というこの本も例外ではない。
文春新書の紹介のところでは「広告を読むことは時代を読み、社会を読み、人間を読むことである。現代史の大きな流れのなかで捉えなおした画期的な現代広告論!」とある。たしかに広告表現の話だけではない、時代と社会と人間への広告のかかわり方が説かれている一冊である。単なる広告批評にとどまらない普遍的な物言いもあって、どっしり腰を落ち着けて読むことができた。
時代はこのように変化し、それは広告が変えてきたのであり、広告がメディアにのって時代を変えてきたのである、そこまではよくわかった。では果たして広告はこれからどう時代を変えてゆくのか、時代は広告をどう変化させてゆくのか。それが不明瞭なまま終わってしまったのがちょっと残念な気がした。
(2002.3.28)

川上弘美『センセイの鞄』

学校時代はさほど先生に恵まれていた記憶がない。それなりに勉強はこなしていたから先生から受けがよかったとは思うが、クラス会の幹事をやるようなこともしていないし、率先して先生と長いつきあいをしたこともない。唯一あるとすれば高校時代のクラブの先生で別段バレーボールに長けていたわけでもなく先輩の日本史の教師に無理矢理顧問にさせられた感じの先生だった。
卒業してから合宿や公式戦で先生とはよく会っていろんな話をした。先生は(たいていの先生がそうであるように)身のふりかたもわからない若造の話をよく聞いてくれた。いまの仕事に就いてから、学校にも行かなくなったし、先生も別の学校に赴任されて連絡を取り合うこともなくなった。いちど先生のお宅におじゃましたことがある。運動部のOBで後進の指導に当たっている3人で先生と酒を飲む約束をしていたのだが、いつまでたっても待ち合わせ場所にあらわれない。ひとりが先生の家に電話したらすっかり忘れていて、これから出かけるのもなんだし、みんなで呼ばれたわけだ。先生の書斎で終電の時間まで飲んで外に出たら一面雪景色になっていた。なんとか駅までたどりついたが電車は終わっていて、結局先生のお宅に泊めてもらうことにした。
ぼくの数少ない先生の思い出である。
その雪道、終電の終わった駅はいまぼくが住んでいる駅のとなりである。地元であまり飲まないせいもあるかもしれないが、いまだかつて先生にめぐりあったことはない。
最近居酒屋でひとり酒を啜っているようないい本に出会えてなんとなくうれしい。
(2002.2.13)


2005年3月6日日曜日

堀江敏幸『いつか王子駅で』

高校時代、親友と呼べる数少ない友人が王子に住んでいた。王子から都電でふた駅、停留所というんだろうか、梶原というところ。梶原銀座なる商店街あり、都電最中を売る和菓子屋があった。都電荒川線にはいくどとなく乗ったが、明治通りの飛鳥山から王子駅にかけての下り坂の風景は圧巻だった。
もんじゃ焼きといえば、いまでは月島が有名だが、王子や町屋に住む友人に聞くとどうやら本場はけっして月島ではないという。そもそも月島にはそれほど歴史はない。ともかくそういった本場議論を声を荒立てるわけでもなく、淡々と話してくれることに得も言われぬ正統感が漂っているのだ。
この本はゆっくりではあるが、人生を歩いていくための乗り物小説だと感じた。都電あり、モノレールあり、名馬あり、そしてぼくの生まれた街にほど近い自動車教習所あり。どの文章も長く、それも乗り物感を助長している。あるいは学者でもある著者のスタイルなのかもしれない。最後、さっそうと200メートルを自分の俊足で駆け抜ける少女がやけに印象的だった。
いくつかの小説がとりあげられているが、そのなかで安岡章太郎の「サアカスの馬」がある。王子に住んでいた友人とぼくはこの小説の舞台になっている高校で出会った。
(2002.1.7)

江國香織『東京タワー』

伯父が赤坂丹後町という町に住んでいた。赤坂見附から一ツ木商店街を通り、さらに山脇学園の脇の道を歩いていく途中で東京タワーを見た。東京タワーに関していえばそれがぼくにとっての原初的体験だ。赤坂の空は今よりももっと広く、銀座線は今よりももっと黄色く、丸の内線は今よりももっと赤かった。後に町田に移転した日大三高がひっそりとたたずんでいた時代だ。
江國香織の描く男子はいい。『流しのしたの骨』の律や『ホリーガーデン』の中野、『きらきらひかる』の睦月と紺。さらさらしてて好感が持てる。
この本にふたりの男子が登場したとき、これは果歩と静枝が男になったのかと思った。主人公がふたりという設定は江國香織ならではである。
たいてい江國香織の読み物は世の中のうっすらとグラデーションになった濃い部分が描かれているのだが、この本も年上の既婚女性と男子大学生の関係、うすっぺらなことばでいうと不倫ということなのだが、を骨組みにして展開している。逆のパターンはあった。『ホリーガーデン』の静枝、そして果歩も。
正直いって、『東京タワー』はどんよりとして鬱陶しかった。重苦しくて、汗ばんだストーリーだと思う。『ホリーガーデン』にはそんな印象をもたなかった。なぜだ。それは主人公が女友だちではなく、かつてぼくも経験したところの男子大学生だからだろうか。読み手として当然、主人公にある種の感情移入はするはずだが、やはり女性に対する感情移入は、客観的なものなのかもしれない。それに比べ、透と耕二に対しては感情移入ののめりこみ方が違うのだろうか。『ホリーガーデン』も芹沢や津久井が主人公だったらやはり同じような重さや苦さを感じたのだろうか。
(2001.12.25)