2010年4月30日金曜日

ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女』

大型連休がはじまった。
今年も例年通り、特段することもなく、どこかの体育館が開いていれば卓球をやるし、することもなければ本を読んだりして過ごすつもりだ。連休明けにアイデアくださいと頼まれている仕事が何本かあり、おいおいそれも考えなくちゃとは思っている。
高校野球の春季大会は選抜大会に出場した帝京が初戦で、日大三が2戦目の三回戦で敗れる波乱(選抜出場校が早々と敗退するのはよくあることではある)があり、優勝は日大鶴ヶ丘、準優勝が修徳。これに推薦枠の日大三が関東大会に出場する。
この大会のベスト16が夏の大会のシードになるはずだから、東東京は修徳、関東一、成立、日大豊山、都総合工科、都城東の6校、西は日大鶴ヶ丘、早実、国学院久我山、日大三、日大二、八王子、都日野、東亜学園、桜美林、創価の10校がそれにあたる。なかでも昨秋の新人戦で本大会に出場できなかった修徳、桜美林、東亜は大健闘といえるだろう。

特に意識してフランス文学を読んでいるわけではないのだが、一冊読むとその近辺の作家を拾い読みしたりしてしまうものだ。
シュペルヴィエルは1884年生まれ。時代的にはコレットに近いのかもしれない。その前の世代がゾラたちだ。ただシュペルヴィエルはウルグアイ生まれのフランス人ということで(あるいはそんな半端な予備知識を持って読んでいるせいか)、一種独特な世界観を持った作家という印象を受けた。
なんとも不思議な短編集である。

2010年4月26日月曜日

宮本輝『蛍川・泥の河』

次女が学校でつくったというラジオをもらった。
そういえば長女も技術家庭科の時間にラジオをつくっていたっけ。ダイナモつきの電源なしで聴けるラジオ。
ぼく自身の経験を振り返ると中学生の頃はトランジスタ化(ぼくらはトランジスタを石と呼び、石化といっていた)がかなりすすんでいた。もう少し上の世代ではおそらく並三か並四と呼ばれた再生検波式の真空管(こちらはタマと呼んでいた)ラジオをつくっていたのであるまいか。
とはいうもののぼくたちが中学校でつくったのはインターホンのキットでラジオではなかった。
東京の都市部だったら高一(高周波一段増幅)ラジオとかレフレックスラジオ(検波された低周波出力をもういちど高周波入力に戻してゲインをかせぐ、いってみれば再生検波ラジオと基本は同じ)でじゅうぶん実用に耐えたけれど教材として全国一律に普及させるにはスーパーヘテロダインという、アンテナがキャッチした高周波を検波して低周波を取り出す前に中間周波にいちど変換して、感度や選択度を安定させる回路が必要なはず。今ならICだのLSIだのがあれば簡単にできるこの回路も当時は半田付けに緊張を要するトランジスタを6つ以上使うラジオは中学生はハードルが高かったと思う。それにできあがってもその性能を引き出すためには微妙な調整が必要だ。そんなこんなで高周波を取り扱わないインターホンを教材として選んだのだろう。
ぼくは多少半田付けの心得があったのであっという間にインターホンを組み上げてしまい、手持ち無沙汰にしていたら、8石スーパーラジオのキットが技術科準備室にひとつあって、技術科のM先生からじゃあこれでもつくっておけといわれた憶えがある。そのラジオも難なくできあがったのだが、IFTと呼ばれる中間周波トランスを調整する工具がなくて、結局つくりっぱなしでノイズの向こうにかすかにFENが聴こえたなとしか記憶がない。

宮本輝はぼくが受験勉強のさなかにデビューしたせいか、ある種の盲点になっていて読みそびれてしまった作家のひとりだ。『優駿』が話題になったときもぼくは競馬への関心が薄れていた頃だったし。
やっと一冊読み終えた。昭和を現代に残してくれる貴重な作家だ。

娘のラジオの箱の中につくり方の説明書が入っていた。が残念ながら回路図は載っていなかった。もちろん今さら見てもわからないけれど。

2010年4月24日土曜日

鹿島茂『パリの秘密』

ラジオフランス語講座をしばらくぶりに聴いてみた。
木曜なのに初級編を放送していた。あれっと思って調べてみたら、月~木が初級編、金が応用編と改編されていた。ついこのあいだまで初級は月~水、応用が木・金でさすがに週3日だと初級の人は物足りないだろうなとは思っていたのだが。
応用編は文学作品の断片を読んでいる。ヴォルテールの『カンディード』とかカミュの『異邦人』とか。朗読を聴いていてもよくわからないがちょっとした文学ガイドと思えばけっこう有意義だ。
この本はフランス文学研究者によるパリ探検記。
もともと新聞に連載されていた読み物ということでひとテーマごと短い文章にまとめられていて、物足りないといえば物足りない。しかもパリの街を歩いたこともないので実感もわかず。
とはいえ最近はグーグルで街歩きができるのでPCを前に散策しながら読んで見るとああ、なるほどと思える箇所が随所にあっておもしろい。それとパリを旅した人がよく写真入でブログにしてくれているが、そうしたものも案外役に立つ。
まあ、行って見てみるのがいちばんなんだけど。


2010年4月21日水曜日

アントワーヌ・ドゥ・サン=テグジュペリ『夜間飛行』

区の体育館の卓球でときどきお目にかかるNさんがラケットを新しくした。
それもペンホルダーからシェークハンドに大胆なチェンジだ。そういえばペンホルダーではバックハンドがぜんぜんできないと言っていた。新しいラケットを見せてもらったら、堅くて、重くて、弾むラケットでラバーも最近流行のハイテンション。バック側はそれでも柔らかいラバーだったけれど、正直初心者の域を出ることのないNさんに比較的高価なその組み合わせはいかがなものかと思った。自分で選択したのであれば、その大胆な発想に吃驚するし、お店の人の勧めであったとすれば、その店員の良識を疑う。少なくとも今までペンホルダーを振っていた人がはじめて手にするシェークのラケットではないだろう。

松岡正剛は氏のホームページ[千夜千冊]のなかでこの本について「こういうものを訳したら天下一品だった堀口大學の訳文も堪能できる」と述べているが、ぼくにはどうにも堀口訳は重たく感じるのだ。
みすず書房から出ている山崎庸一郎訳を手にしたことがないので比較をすることはできないのだが、格調が高く、長い文章をそのままに、倒置や挿入などもおそらくは原文に忠実に訳出しているあたりはたしかに素晴らしいとは思うのだ。しかしながら飛行する操縦士たちのスリルとかスピード感が感じられるかというとそれはどうなのだろう。
とはいえいっしょにおさめられている「南方郵便機」も含め、賞賛されるべき小説だと思う。

2010年4月16日金曜日

安岡章太郎『僕の昭和史』

学校を出てから、1年、高校の先輩が経営するとんかつ屋や家庭教師のアルバイトをして、就職しないでいた。
今で言うフリーターといったところか。
邦楽のたしなみのあった姉の先輩(兄弟子ならぬ姉弟子)のご主人がCM制作会社の社長だということで働かせてもらうことになった。新宿御苑のほど近いマンションにその事務所はあった。今でもその界隈を歩くとなんとも言い尽くせぬ懐かしさに襲われる。
深夜買出しに出かけたスーパー丸正、当時から客の途絶えることのなかったラーメンのホープ軒。毎日のように昼食を食べた蕎麦屋の朝日屋。そして文象堂書店、文具の江本と今も変わらぬ店がまだいくらか残っている。
まあそのことはいずれあらためて。
ここのところ、ではないが、以前からずっとぼくの中でのブームは“昭和”である。
そんなわけで安岡章太郎のこの本はぜひとも読んでみたかった。
安岡章太郎は国語の教科書でおなじみの「サアカスの馬」の作者であり、実はぼくはこれ以外の作品を読んだことがない。ただこの優れた短編ひとつで著者が昭和を代表する劣等生であることはじゅうぶんうかがえる。
本書の中でもその劣等生ぶりはいかんなく発揮されている。とかく昭和は軍事エリートや経済エリートによる激変の時代と見られがちだが、実はその荒れ狂う嵐の時代のただ中で生きながらえつつ、冷静に時代を見つめていた落第生の視点があったのだ。

2010年4月10日土曜日

谷川俊太郎『ひとり暮らし』

その昔「クイズドレミファドン」という音楽クイズ番組があって、見所は最終ゲームであるイントロ当てクイズだった。
当時ぼくは中学生くらいだっただろうか。テレビを視ていて、イントロが流れるとすぱっと曲名が口から出てきた。
イントロ当てクイズは番組の進行とともにスーパーイントロ当て、スーパーウルトライントロ当てと流れるイントロの秒数がどんどん短くなっていく。それでもけっこうぼくは曲名を当てることができた。
隣で見ていた姉は(例のわたがし名人の姉だ)こんどいっしょに出ようという。私がボタンを押すからお前が答えろと。要はいつもどんくさい弟に代わって早押しをしてやるから、曲名はお前が当てろというわけだ。
そうだ、イントロ当ての話を書くつもりじゃなかった。
最近テレビで流行の曲がかかってもまったくわからなくなってきているのだが、それだけではない。おそらく20~30代に聴いたり、あるいはカラオケで歌ったこともあるかもしれないような曲の曲名がどうにも思い出せないことがある。人間の記憶装置というものは実にもろくはかないものだ。
ところが子どもの頃に聴いた曲は不思議とタイトルが出てくる。震源地の近くが震度が小さいのにちょっと遠いところだと大きい、あの感覚…。いかん。たとえが適切でない。
ここ2~3日、そんな不思議を考えていた。
結論的にいえば(といってもあくまでぼく個人の私見に過ぎないが)、記憶は耳によるところが大きい。
ぼくらは(ここで急に自信をなくして1人称複数にする)主としてラジオで音楽を聴いた。ラジオの音楽は必ずディスクジョッキーやアナウンサーが曲名、歌手名を紹介していた。その名前が曲に結びついた。だから音を聴いて曲名が浮かんでくる。
これがテレビだけで音楽を知る世代では曲名、歌手名は音もあるけれど視覚的にも伝えられる。目で見ることで耳は傾聴を断念する。結果記憶にとどまらない。
ぼくがものごころつく以前に、姉はヴィックスドロップやマーブルチョコレートやありとあらゆるCMソングを歌っていたという。そしておそらくその多くは記憶にとどまっているはずだ。CMの場合、映像より音楽やナレーションが心に残ることのほうが多い。
というのがぼくの考えた理論(というほどのものではないが)。

谷川俊太郎は詩人である。
これまでのぼくの半世紀にわたる人生の中で詩人の知り合いはいなかった。そういうこともあって、詩人・谷川俊太郎の日常を綴ったエッセーに少なからぬ興味を抱いた。でもさすがに詩人だけあって著者の文章のリズムに日ごろ馴染んでいないせいか、するするっと読みすすめることができない。正直言って緊張感をともなわずには読みすすめることが難しい。そんな印象。

そういえばカラオケで歌ったことのある曲は比較的記憶に残っている。それはたぶん身体的な活動つまり発声することと文字が結びついているからだろうと思う。



2010年4月7日水曜日

鶴野充茂『はずむ会話の7秒ルール』

生命保険におつきあいで入る時代ではとっくにない。
ぼくの場合、高校の先輩、同期がいる関係でひとつ(仮にMY生命とする)。それともうひとつ銀座でサラリーマンをしていた頃に入ったもの(こちらはN生命)とふたつ加入していた。
これはまあ今の時代、はなはだ無駄なことであって、保障を見直しした上でどちらかを解約しようと思った。当然、先輩後輩の間柄で解約するのはセルゲイ・ブブカが棒を使わないで6メートルのバーを越えるくらいに常識的に不可能なことなので、まあ当然の成り行きとしてN生命がターゲットとなる。しかもつい昨年、MY生命は新商品ということでまずまず納得できるプランを持ってきていて、更新したばかり。後追いで、しかも余分な保障に大金を支払うのはちょっと勘弁してほしいと思って、電話で解約しますから手続きをお願いしますと伝えた。それが先月中旬。
客商売というのはわかりやすいものだ。それはN生命などという日本で知らない人はまずいない大手においても同じこと。入るといえば、ものの5分で飛んでくるが、やめるとなると対応はすこぶる悪い。やれ書類の作成が遅れているだの、なんだので、気がつけばもう4月。
これは放置されているか、故意に無視されているかに違いないと思って、電話をかけると先月解約すると伝えた担当者は辞めたという。引き継いだ別の担当者に話をしてようやく解約請求書というペラ紙をポスト投函していった。
こんな紙切れ一枚に3週間もかかるのか?

7秒程度のシンプルな会話が話を前進させる秘訣なんだという。タイトルがまずまずの“つかみ”になっている本である。
話し方や情報の整理の仕方はひとそれぞれだが、基本はなにかと考えてみると誰もが同じことを言うと思う。そういった意味では、これといって印象に残ることもなかった。


2010年4月2日金曜日

まつしま明伸+幸樹『[超入門]5次元宇宙の探検ガイド&ナビゲーション』

選抜高校野球。
ぼくが以前けちをつけた日大三が決勝進出を決めた。
初戦の試合ぶりを見て、このチームにはツキがあると思った。こういってはなんだが比較的くみしやすい21世紀枠が初戦の相手で大勝。しかも2回戦の相手も21世紀枠、秋季中国大会を勝っておきながら甲子園で末代までの恥をさらした開星に勝った向陽。敦賀気比とは接線だったが、いずれの試合ものびのびプレーしている。ひろいものの甲子園のせいだろうか、とりわけ打線がリラックスしていて、振りがいい。
都の春季大会で東海大菅生と当たるであろう準決勝が今から楽しみである。
知人から、去年弟が出版した本なんですけど、と紹介された一冊。
こんな摩訶不思議な世界を追いかけている人たちがいるんだなあと不思議な印象を持った。今はコンピュータグラフィックスで自由自在にキャラクターがつくることができ、想像力に長けた若者たちは未知の領域へどんどん守備範囲を拡げているんだね。古くはポケモンなどがそうであったように技術の力が想像力を後押しすることで、アニメーションやSFを超えた新たなメディアがかたちづくられていく、そんなエネルギーを感じた。