2021年3月29日月曜日

蟹江憲史『SDGs(持続可能な開発目標)』

食品ロスを減らそう、使い捨てプラスチックを減らそうというテーマで二度ほど動画制作にたずさわった。
一昨年につくったものとくらべると昨年制作した動画では温室効果ガス排出について言及されている。結果的に捨てられてしまう食品をつくって、運んで、調理して…といったあらゆる工程で、使い捨てプラスチックの生産や廃棄などさまざまな局面でエネルギーが使われ、温室効果ガスが排出されるというのだ。ゼロエミッション東京ではないけれど、世界は着実に地球環境に向き合っている。
仕事場では名ばかりであるが、コンプライアンスを担当している。たとえば、個人情報を安全に管理している、みたいなことだ。会社ではなんらかの第三者認証さえ付与されれば、銀行にも受けがいいとかその程度のコンプライアンス意識である。必ずしも組織的な対応にはなっていない。
最近思うのは、企業が大きかろうが小さかろうが、情報セキュリティに高い意識を持って安全管理に取り組むというのは今となっては当たり前のことで、災害時や緊急時に事業継続できる体制づくりはどこでも取り組まれている。それでいて、記録文書を残さなかったり、システムのトラブルをなんどもなんどもくりかえすのは官公庁か大銀行くらいのことだ。それだって大津波のような甚大な災害が起きたら事業継続どころの騒ぎではない。あきらめるしかない。
SNSなど、ネットで炎上という事象が頻繁に起きるようになって、うすうすではあるが、多くの人に情報意識が芽生えてきているように思う。なにも目くじら立てて、情報セキュリティの認証を得る必要もないだろう。私たちは情報を適切に取り扱い、安全管理していますなんて自慢をするよりも一つひとつの企業が、一人ひとりの人間が未来のために取り組むべき課題がある。
それがSDGs、持続可能な開発目標だと思う。難しい課題ではあるけれど、今すぐ取り組まなければならないテーマばかりだ。

2021年3月27日土曜日

横川和夫『その手は命づな ひとりでやらない介護、ひとりでもいい老後』

去年、大井町でばったり会った吉岡以介と連絡を取り合う機会があった。
脳疾患で倒れた母親は退院後、郊外の施設に入所したという。半身が不自由で日常生活のほとんどの場面で介助が必要だという。
「そうするしかなかったんだよ」
それでもリハビリテーションをがんばれば少しはいい方向に向かうだろうと吉岡はリハビリに力を入れている施設を選んだ。自宅からは遠いが、勤務先からは電車で乗り換えなしだという。ところが新型コロナウイルス感染拡大で面会は事前予約したうえで15分のみ。吉岡は在宅勤務となり、母親の入所する施設は遠い場所になってしまった。在宅での仕事も要領を得ず、なかなか面会にも行けないと話す。
著者の河田珪子は義父母の介護にあたり、自分ですべてする必要はないと考えた。手を貸してくれる人がいる、介助が必要な人がいる。世の中はおたがいさまなのだ。「まごころヘルプ」はこうしてスタートした。サービスを利用する利用会員、サービスを提供する提供会員がそれぞれ会費を払って参加する。おたがいにメリットがある。
河田は家庭の事情で祖父母に育てられた。それがすべてではないにしても彼女は年寄りが好きだという。年寄りのためになることをしたいという。その思いは、高齢者だけでなく、妊婦や障がい者、外国人へと裾野を広げていく。まごころヘルプの次の取り組みとして「うちの実家」、そして「実家の茶の間・紫竹」といった居場所づくりへと連なっていく。
河田が考える「居場所」はよくある「通いの場」とは異なる。参加者に何かをさせるのではなく、一人ひとりが好きなことする。プログラムがない(ラジオ体操だけは続けているようであるが)。非行事型の居場所と言われている。
それはともかく、吉岡の母親も施設入所以外に、もっと本人も周囲も気持ちが豊かになれる選択肢があったのではないかという気もする。もちろん本人はそれどころではなかっただろうが。

2021年3月26日金曜日

獅子文六『食味歳時記』

佃に大叔父が住んでいた。母が南房総千倉町から上京したときに頼った人だ。伯父(母の兄)も上京した際には大叔父の世話になったと聞いている。東京で頼れる唯一といっていい親戚だったのだ。
最近になって思い出した。大叔父ともうひとり、東京で暮らしている親戚がいたことを。
くめおばさんという。
くめおばさんは祖父のきょうだいの末で、昭和のはじめに上京し、四谷荒木町にある食用油問屋柏原商店に奉公した。この家で主に家事をまかされただけでなく、ふたりの子ども(一女一男)の世話もした。主人が築地の料亭などに油を卸すかたわら、奥さんは長唄の師匠として多くの弟子に教授していた。とある大学の長唄研究会の顧問も兼ねていて、柏原商店の手狭な座敷には学生も多く集まったという。
柏原家でくめおばさんは、ねえやさんと呼ばれていた。家族からはもちろん、多くの弟子たち、長唄研究会の学生たちからもねえやさんと声をかけられ、そのうち僕ら親戚もねえやさんと呼ぶようになっていた。一生結婚することはなかったが、ねえやさんと呼ばれることで実家の人間ではなくなり、柏原家の人になったのだと思う。
母方の祖父の親戚はたいていおだやかで、どちらかといえばのんびりした性格の人が多い。祖母の親戚にしっかり者が多いのとは対照的である。くめおばさんも人あたりのいいおだやかな人柄だったと、幼少の頃しか知らないけれど記憶している。
文豪と呼ぶにはおだやかで娯楽性の高い作品が多い獅子文六であるが、なかなかの食通だったと聞いている。戦前から戦後にかけて、変わっていった食文化に関してもなるほどと思わせる観察眼を見せている。さすがとしか言いようがない。
くめおばさんに最後に会ったのは東京女子医大病院だった。今にして思うとさほど高齢ではなかったが、ガンにおかされていたのだ。
今、くめおばさんは柏原家の墓に眠っている。茗荷谷の寺だと聞いているが、くわしいことは知らない。

2021年3月25日木曜日

今井むつみ『英語独習法』

スキーマという言葉はなかなか難しい。
この本のはじめのところで「ある事柄についての枠組みとなる知識」、「多くの場合、もっていることを意識することのない」知識のシステムと書かれている。知識を身につけるということは知っているだけではだめで、使えなくは意味がない。身体化された知識が必要になる。これは認知心理学の概念であり、IT用語としてはデータベースの構造を示すという。いずれにしてもわかりにくい。
以下、自分なりの解釈。
小さい子どもは指を使ってものを数える。たいてい10までは簡単に数えられるようになる。たし算だって2+3とか5+4などはそのうち指を使わなくても計算できるようになる。ところが6+7とか8+9となると俄然難しくなる。いわゆる「くり上がり」のある足し算だ。子どもはくり上がりのないたし算を何度も何度もくり返すうちに、5が1+4であったり2+3であったりすることに気がつく。そして10が何+何で成り立っているかも理解する。そして6+7は3+3+7、つまり3+10であるとその計算方法を学ぶ。
スキーマとはこのような知識のシステムを自ら培うことなのではないかと思った(もちろんそんな簡単なことではないが)。だから機械的に答を暗記してしまう勉強法より、考えさせるやり方は大切なのだ。
母語を身につけいくのは非常に複雑なスキーマを育てていくことである。そして日本語を母語とするものは日本語スキーマを持っている。外国語をいくら学んでも外国語のスキーマは持っていないからおいそれとは身につかない。
著者は認知科学、言語心理学、発達心理学が専門であるという。決して言語学者でもなければ英語学者でもない。外国語を身につけるためには何が必要か、どんな勉強をしたらいいのか、今までまったく知らなかったアプローチがあった。目から鱗が落ちるとはこのことである。
ところで目から鱗が落ちるとは英語では何というのだろう。

2021年3月21日日曜日

ウジトモコ『デザインセンスを身につける』

在宅で仕事をするようになって一年。
昼食は自分でつくることが多い。たいていは蕎麦、ラーメンなど麺類を茹でるか、スーパーで安く買えた焼きそばだったり、あまったごはんで炒飯。でも圧倒的に多いのは蕎麦だ。
内田百閒は昼はもりそばと決めていたという。別にそれでもまったく飽きることはないが、市販のめんつゆに少し飽きてきた。そばつゆをつくってみようと思った。
そばつゆといえばかえしである。便利なものでネットで調べるとかえしのつくり方はすぐにわかる。醤油と砂糖、みりんの配合が5:2:1がいいとか、5:1:1がいいとか。手はじめに醤油100cc、みりん40cc、砂糖目分量でやや少なめでつくってみた。おいしくできた(もっと長く寝かせればいいのだろうが、一週間後から使いはじめてすぐに使い切ってしまった)。
二回目はためしに砂糖を多め、みりんを少なめにしてみた。思っていた以上に甘くなってしまった。何度かトライした末、醤油100、砂糖20、みりん20くらいがちょうどいい。砂糖はこれより少なめでもいいかもしれない。
寝かせたかえしをだしで割る。温かい蕎麦ならかえしとだしの割合は1:8、もり汁ならば1:3が程よいという。概ね間違ってはいない。せっかくかえしをつくったのだからとさば節、宗田節などがミックスされた厚削りを買ってみたが、やはりだしをとるのは手間がかかる。かつお風味の顆粒だしでじゅうぶんにおいしいと感じる。そこいらの蕎麦屋より、うまいんじゃないか。
蕎麦は乾麺か、茹で麺(蒸し麺?)。後者は立ち食いそばの店で見かける。生麺にくらべてどうかとも思うが、それはそれでうまいものだ。1分ちょっと湯がくだけいい簡便さも魅力である。
著者ウジトモコの本は二冊目。前回読んだ『これならわかる!人を動かすデザイン22の法則』に比べるとポイントが絞られていて、内容的にもやさしい。若い人たちにすすめるのならこっちかもしれない。

2021年3月4日木曜日

大久保真紀『ルポ児童相談所』

先日、ちょっとしたきっかけで新潟県の児童相談所に勤務する青年と話をした。
もちろんリモート。ウェブ会議システムを使った。
以前から悩みを持つ人にかかわりたいと思っていたという。中学生の頃は教師をめざそうと思ったこともあるそうだ。高校時代は心理学を学ぶことに興味を持ち、大学の先輩で福祉の仕事に就いた人がいて、児童福祉に携わる自分をイメージしたという。
相談の受理業務を担当している。いわゆる初期対応チームということか。短~中期で解決できそうなケースを受け持ち、主に保護者と面接することが多いという。子どもと直接やりとりするのは児童心理司という心理職なのだそうだ。常に複数のケースを抱えていて、優先順位をつけながら、スケジュール管理するのがひと苦労だと話す。
仕事のやりがいを訊いてみた。ひとつとして同じ状況にある家庭はなく、支援の方法も千差万別、通り一遍にはいかないが、何度か面接や支援をくり返していくうちに、光を見出したように保護者の表情が変わってくる。そんな場面に出会えることがうれしいという。子どもの人生にとって重大な局面、問題解決の場面に真摯に向き合う仕事ではあるが、支援する側として客観的に俯瞰して見る姿勢も必要だ。
児童相談所に持ち込まれたケースのうち家庭での養育が難しいとされる子どもはとりあえず一時保護所で保護される。一時保護所にいられる期間は限られているため、その後家庭に戻ることが困難な場合は児童養護施設や里親に託される。施設での生活については同じ著者の『児童養護施設の子どもたち』にくわしい。また一時保護所にフォーカスした児童相談所の仕事については慎泰俊が書いている。
もう少し日常的な児童相談所の仕事を知りたいと思うのだが、デリケートな個人情報にあふれている職場でもあり、おいそれとは見学などさせてもらえない。
この本と実際に勤務している青年の話でずいぶんイメージがひろがった。