2005年12月21日水曜日

鈴木隆祐『名門高校人脈』

名門高校っていうからてっきりぼくの出身校もあるかと思ったら、かすってもいなくてちょっとムッとした。まあそれはどうでもいいんだけど、けっこう人脈話に展開されているのか思ったら、そうでもなく、名門高校を全国からチョイスして、その出身者を羅列しているだけ。それぞれの学校の校風みたいなことも触れられてはいるけど、どちらかといえば通りいっぺんの学校案内程度。おまけに有名大学の進学状況なんか書いて紙面を埋めるお粗末さ。名門ってそういうことじゃあないんじゃないかなって思いました。

2005年12月1日木曜日

三浦展『下流社会』

有徴、無徴といった考え方がある。
記憶の中にあるのは言語学だか民俗学だか、ソシュールとかレヴィ=ストロースなんかに関する本を読んだとき知ったことだけど。つまり俳優は無徴だけど女優は有徴。お茶は無徴だけど紅茶は有徴といった具合に、そのものを表すのに余分な徴(しるし)があるかないかといういことかと思っている。
その点からすればおそらく「下流」は無徴だった。「上流階級(階層)」はあっても「下流階級(階層)」はなかった。その後、「中流」が有徴化され、中流意識なるものが生まれた。
いわゆる団塊世代に支えられて「中流」が肥大化するにつれ、その二世や次なる世代が消費社会の主役になっていく。そうして社会的格差は広がっていき、「下流社会」が有徴化されてきた。「下流」は単に所得が低いといことではなく、意欲が低いのだという視点も上流、中流の延長上に位置づけられた下流ではなく、新しい階層集団としての「下流」を際立たせている一因だろう。
社会科学は得意でないので、よく分析された本なのかどうかもよくわからないが、細かい表やグラフを添えてくれているとなんとなくよさげに思えて、妙に納得できてしまう。そう思ってしまうことが「下流」なのかもしれないが。