けっして得意ではなかったが、好きな科目だったのが地理だ。もともと地図とか地名には興味があった。子どもの頃から時刻表の路線図を眺めるのが好きだったせいもある。
ある地名がどうしてそのように呼ばれるようになったのかみたいなことに興味をそそられる。江東区の砂町は江戸時代に砂村新左衛門という人が開拓したことで砂村と呼ばれるようになった。それが町制施行時に砂町にされてしまったのである。いわれを知らない人が単純に村を町に置き換えたのだろう。同じく江東区深川も川から来た地名ではなく、開拓者のひとりである深川八郎右衛門の名前が由来だ。
地名は新しく生まれたり、なくなったりする。僕が生まれ育ったのは品川区二葉。小学校は豊町にあった。二葉も豊町ももともとは蛇窪という町だった。宅地化がすすむなかで蛇窪ではいかがなものかという声があがり、上神明町、下神明町を経て、二葉と豊町になった。いわゆる瑞祥地名である。最近でもないが上神明天祖神社が蛇窪神社と呼称を変えて、古い地名が復活した。この社は最近テレビ番組で取材されたりしたせいか参拝客が増えているという。
母の生まれは千葉県南房総。七浦村の白間津という集落で育った。千田、大川、白間津からなる七浦村は千倉町と合併し、地図上で七浦という地名はなくなった。小学校も中学校もなくなった。かろうじて漁港と郵便局に七浦の名前が残っている。
千葉県習志野市の津田沼は沼があったわけではなく、谷津村、久々田村、鷺沼村の合併によって生まれた合成地名である。杉並区の井荻も井草村と荻窪村の合併で生まれた合成地名だ。合成地名は比較的新しい地名だから古い建物には付いていない。津田沼神社も井荻神社もない(たぶん)。
久しぶりに地図の本。飛地なども含めた県境の不思議や地名の謎など網羅的ではあるが、この手の本は読んでいておもしろい。疲れない。地名と地図はいくつになっても楽しいものだ。
2026年4月26日日曜日
2026年4月20日月曜日
喜多川泰『運転者』
「運がいいとか悪いとか人は時々口にするけど」というのはさだまさし作詞・作曲・歌の「無縁坂」であるが、自身の運に関して真剣に考えたことはない。まあその時々で出会った不運について、「チェッついてねえなあ」くらいに思ったことはきっと何度もあるだろうけれど、たいがいのことはもう忘れている。思い返してみると僕の場合、運がよかった。こんな僕がよく高校に受かったなとか大学に受かったよなと思う。ギリギリのところで運に恵まれたとしかいいようがない。
うまくいかない日々を送っている主人公はある時、不思議なタクシー運転手に出会う。運転手はさまざまな場所に主人公を連れていき、「運」について考えさせる。いつも上機嫌でいること、運はいい、悪いではなく、貯めるもの、使うものである。努力は報われる。たとえその人が報われなくても貯めた運はいつか自分ないしは後の世代が使うことになる。俄かには信じられないが、これが著者の考える運の構造である。
たとえば僕が運を使ってきたのは、両親や祖父母による運の貯めこみ=誰かのために努力することを怠らなかったせいかもしれない。だとしたら僕の後の世代のために僕はどれほどの運を貯めこんできたのかちょっと自信が持てない。
運を貯めるという行為は利他的だと思う。最澄における忘我利他、空海の自利利他に通じるところがある。利他は己を忘れたところにあり、自他ともに利するのが利他である。そして利他的行為は報酬を求めることがない。利己になってしまうから。利他は何かに突き動かされるように沸き起こり、その時点でその行為が利他であるかはわからない。偶然に支配されているのだ。
運を貯める=利他という仮説が正しいかどうかはともかくとして、誰かのために何かを行うということ。そうすることで人は知らず知らずのうちに運を貯めこんでいく。果たして僕はどれくらい運を貯めこんでいるのだろう。皆目わからない。
うまくいかない日々を送っている主人公はある時、不思議なタクシー運転手に出会う。運転手はさまざまな場所に主人公を連れていき、「運」について考えさせる。いつも上機嫌でいること、運はいい、悪いではなく、貯めるもの、使うものである。努力は報われる。たとえその人が報われなくても貯めた運はいつか自分ないしは後の世代が使うことになる。俄かには信じられないが、これが著者の考える運の構造である。
たとえば僕が運を使ってきたのは、両親や祖父母による運の貯めこみ=誰かのために努力することを怠らなかったせいかもしれない。だとしたら僕の後の世代のために僕はどれほどの運を貯めこんできたのかちょっと自信が持てない。
運を貯めるという行為は利他的だと思う。最澄における忘我利他、空海の自利利他に通じるところがある。利他は己を忘れたところにあり、自他ともに利するのが利他である。そして利他的行為は報酬を求めることがない。利己になってしまうから。利他は何かに突き動かされるように沸き起こり、その時点でその行為が利他であるかはわからない。偶然に支配されているのだ。
運を貯める=利他という仮説が正しいかどうかはともかくとして、誰かのために何かを行うということ。そうすることで人は知らず知らずのうちに運を貯めこんでいく。果たして僕はどれくらい運を貯めこんでいるのだろう。皆目わからない。
2026年4月13日月曜日
向田邦子『夜中の薔薇』(再読)
母は二男五女の七人きょうだいの五番目。昨年他界したが、きょうだいのなかではいちばん長生きした。12年前に末の弟を亡くし、7年前にすぐ上の姉とすぐ下の妹を亡くした。とりわけ仲のよかった姉、妹がいなくなった後は少し気持ちも落ち込んでいたように思う。
すぐ上の姉は南房総千倉町の大川という集落に嫁いでいた。大川と東側の千田と西側の白間津はかつて七浦村と呼ばれていた。七浦村は後に千倉町に併合される。地名としての七浦はなくなってしまったが、小学校、中学校の名として残った。そして学校もやがてなくなった。今となってはかろうじて郵便局と漁港にその名を残している。大昔のこと過ぎて自慢にもならないのだが、僕の曽祖父(母型の祖母の父)は七浦村の村長だった。
大川には母のすぐ上の姉ともうひとり、いちばん上の長女も嫁いでいた。大川にはふたりの伯母がいた。
毎年お盆になると伯母の家を訪ねて、線香をあげる。従兄によく冷えた麦茶やアイスコーヒーなどを出してもらって、世間話をし、座敷に飾られた遺影を眺めたりして。母の長姉にあたる伯母は母とよく似ていた。母と顔立ちが似ているのはこの伯母と末っ子の叔父である。子どもの頃、まだ生きていた頃から母によく似た伯母さんがいるんだなと思ったものだ。母のすぐ上の伯母はあまり似ていない。似ていないけれどもどこかで見たような顔立ちである。しばらくしてからふと思った。伯母は向田邦子に似ていると。ここでようやく向田邦子にたどり着く。
最晩年のエッセイを再読する。
文章で身を立てた著者であるから、数多くの読書体験があり、映画、演劇、ドラマなども多く見聞きしてきたであろう。その生き方も自立する女性として憧れの的だったことは間違いない。それでもこの人の文章の根っこには昭和の暮らしが色濃く残る。中流のサラリーマン家庭に育ち、父親の転勤によって日本全国各地を転々とした経験が活かされているのかもしれない。
すぐ上の姉は南房総千倉町の大川という集落に嫁いでいた。大川と東側の千田と西側の白間津はかつて七浦村と呼ばれていた。七浦村は後に千倉町に併合される。地名としての七浦はなくなってしまったが、小学校、中学校の名として残った。そして学校もやがてなくなった。今となってはかろうじて郵便局と漁港にその名を残している。大昔のこと過ぎて自慢にもならないのだが、僕の曽祖父(母型の祖母の父)は七浦村の村長だった。
大川には母のすぐ上の姉ともうひとり、いちばん上の長女も嫁いでいた。大川にはふたりの伯母がいた。
毎年お盆になると伯母の家を訪ねて、線香をあげる。従兄によく冷えた麦茶やアイスコーヒーなどを出してもらって、世間話をし、座敷に飾られた遺影を眺めたりして。母の長姉にあたる伯母は母とよく似ていた。母と顔立ちが似ているのはこの伯母と末っ子の叔父である。子どもの頃、まだ生きていた頃から母によく似た伯母さんがいるんだなと思ったものだ。母のすぐ上の伯母はあまり似ていない。似ていないけれどもどこかで見たような顔立ちである。しばらくしてからふと思った。伯母は向田邦子に似ていると。ここでようやく向田邦子にたどり着く。
最晩年のエッセイを再読する。
文章で身を立てた著者であるから、数多くの読書体験があり、映画、演劇、ドラマなども多く見聞きしてきたであろう。その生き方も自立する女性として憧れの的だったことは間違いない。それでもこの人の文章の根っこには昭和の暮らしが色濃く残る。中流のサラリーマン家庭に育ち、父親の転勤によって日本全国各地を転々とした経験が活かされているのかもしれない。
2026年4月9日木曜日
矢野帰子『駅物語』
子どもの頃、日曜日になるとカメラを手に大井町駅近くの歩道橋に行った。朝、次から次へと寝台特急ブルートレインが九州から東京駅めがけて走ってくる。「さくら」「みずほ」「はやぶさ」「あさかぜ」といったヘッドマークを付けた電気機関車EF65が牽引していた。
列車や時刻表を眺めるのは好きだったけれども機関車を動かしたり、駅で働きたいとまでは思わなかった。好きではあったが、生活の一部とするような身近なものとは思えなかった。
高校の同級生坂田は大学卒業後、国鉄に就職した。聞けば父親も祖父も国鉄に勤務していたという。鉄道は幼少の頃から密接につながっていた身近な職業だったのかもしれない。
入社後、坂田は九州に配属されたが、民営化の直前に名古屋に異動し、以後JR東海の一員として活躍したようだ。その後キオスク東海や名古屋駅構内のレストランの運営会社に重役として出向したと聞いている。民営化によって鉄道は安全にモノと人を運ぶ装置だけではなくなってきたのだろう。顧客の利便性に加えて、さまざまなサービスが提供されている。
バックヤードという言葉がある。顧客の目にふれない裏方の空間とでもいおうか。駅員でなければ見ることができないバックヤードが駅にはある。ましてや東京駅のような巨大なステーションには複雑怪奇な迷路のような通路が幾重にも重なっているような気がする。
この本のおもしろさは一般乗客が見ることのできないバックヤードが詳細に描写されている点にある。もちろん寸分の狂いもなく安全に列車を運行させる業務は緊張感の連続であり、簡単な仕事ではない。そんな苦労も含めてこの本はバックヤードの物語なんだなと思うのだ。
主人公をめぐるあれやこれやのエピソードにも興味をそそられたが、駅という巨大で複雑な空間につい興味がいってしまう。悩み苦しむ主人公と彼女を支える仲間たちの成長の物語なのに申し訳ない気持ちでいっぱいである。
列車や時刻表を眺めるのは好きだったけれども機関車を動かしたり、駅で働きたいとまでは思わなかった。好きではあったが、生活の一部とするような身近なものとは思えなかった。
高校の同級生坂田は大学卒業後、国鉄に就職した。聞けば父親も祖父も国鉄に勤務していたという。鉄道は幼少の頃から密接につながっていた身近な職業だったのかもしれない。
入社後、坂田は九州に配属されたが、民営化の直前に名古屋に異動し、以後JR東海の一員として活躍したようだ。その後キオスク東海や名古屋駅構内のレストランの運営会社に重役として出向したと聞いている。民営化によって鉄道は安全にモノと人を運ぶ装置だけではなくなってきたのだろう。顧客の利便性に加えて、さまざまなサービスが提供されている。
バックヤードという言葉がある。顧客の目にふれない裏方の空間とでもいおうか。駅員でなければ見ることができないバックヤードが駅にはある。ましてや東京駅のような巨大なステーションには複雑怪奇な迷路のような通路が幾重にも重なっているような気がする。
この本のおもしろさは一般乗客が見ることのできないバックヤードが詳細に描写されている点にある。もちろん寸分の狂いもなく安全に列車を運行させる業務は緊張感の連続であり、簡単な仕事ではない。そんな苦労も含めてこの本はバックヤードの物語なんだなと思うのだ。
主人公をめぐるあれやこれやのエピソードにも興味をそそられたが、駅という巨大で複雑な空間につい興味がいってしまう。悩み苦しむ主人公と彼女を支える仲間たちの成長の物語なのに申し訳ない気持ちでいっぱいである。
2026年4月3日金曜日
竹村優希『神様の棲む診療所』
一度だけ沖縄を訪れたことがある。
あるかつらメーカーのテレビコマーシャルの撮影をするためだ。ゴルフ場でふたりの男がラウンドしている。ゴルフの用具選びは難しい、できれば試し打ちなどしたい、かつらも自分に合うか合わないか試してみないとわからない。というわけで今無料試着キャンペーン実施中ですといった内容だった。
ゴルファーのひとりはタレント契約していたプロゴルファーのAさん。4月の撮影だったのでなるべく南に行った方がグリーンが美しいのではないかということでAさんの伝手で沖縄のゴルフ場を紹介してもらったのである。
那覇に着いて、翌日ロケハン。その翌日撮影本番。その夜、Aさんの知り合いの店で打ち上げをして、翌朝帰京といった三泊四日の旅程だった。はじめての沖縄はホテルとゴルフ場の往復と夜の国際通りをうろうろしたくらい。最後の日は観光してもよかったのだが、ロケ撮影が終わっても東京で仕事が待っていた。何度かロケ撮影で地方に出かけたが、観光などする余裕がないのはいつものことだ。
この本の舞台は沖縄の南城市のはずれ、海沿いにある診療所。沖縄で沖縄らしい(何をもって沖縄らしいというのも定かではないが)風景を見たわけでもないので昔ドラマや映画で見た沖縄を思い起こしながら読みすすめる。
妖怪は日本各地にいた。今もいるかもしれないが、くわしいことはわからない。「ゲゲゲの鬼太郎」で得た以上の知識を持ち合わせていないから。沖縄にも妖怪がいたようだ。ガジュマルの妖精キジムナーなどが代表的。日本各地の妖怪がかつて人びとの生活に身近な存在であったように沖縄では今でも妖怪や妖精たちと親密に暮らしていることがこの本を読むとわかる。日本は少子高齢化社会へと突きすすんではいるもの、妖怪とともに生きた超高齢者が少しずついなくなることでかつて日本人の生活のなかを跋扈していた妖怪たちもいよいよ生きにくい時代を迎えているのかもしれない。
あるかつらメーカーのテレビコマーシャルの撮影をするためだ。ゴルフ場でふたりの男がラウンドしている。ゴルフの用具選びは難しい、できれば試し打ちなどしたい、かつらも自分に合うか合わないか試してみないとわからない。というわけで今無料試着キャンペーン実施中ですといった内容だった。
ゴルファーのひとりはタレント契約していたプロゴルファーのAさん。4月の撮影だったのでなるべく南に行った方がグリーンが美しいのではないかということでAさんの伝手で沖縄のゴルフ場を紹介してもらったのである。
那覇に着いて、翌日ロケハン。その翌日撮影本番。その夜、Aさんの知り合いの店で打ち上げをして、翌朝帰京といった三泊四日の旅程だった。はじめての沖縄はホテルとゴルフ場の往復と夜の国際通りをうろうろしたくらい。最後の日は観光してもよかったのだが、ロケ撮影が終わっても東京で仕事が待っていた。何度かロケ撮影で地方に出かけたが、観光などする余裕がないのはいつものことだ。
この本の舞台は沖縄の南城市のはずれ、海沿いにある診療所。沖縄で沖縄らしい(何をもって沖縄らしいというのも定かではないが)風景を見たわけでもないので昔ドラマや映画で見た沖縄を思い起こしながら読みすすめる。
妖怪は日本各地にいた。今もいるかもしれないが、くわしいことはわからない。「ゲゲゲの鬼太郎」で得た以上の知識を持ち合わせていないから。沖縄にも妖怪がいたようだ。ガジュマルの妖精キジムナーなどが代表的。日本各地の妖怪がかつて人びとの生活に身近な存在であったように沖縄では今でも妖怪や妖精たちと親密に暮らしていることがこの本を読むとわかる。日本は少子高齢化社会へと突きすすんではいるもの、妖怪とともに生きた超高齢者が少しずついなくなることでかつて日本人の生活のなかを跋扈していた妖怪たちもいよいよ生きにくい時代を迎えているのかもしれない。
2026年4月1日水曜日
瀬尾まいこ『幸福な食卓』
もともと蕎麦が好きで、もり蕎麦をたぐって辛汁にちょいと付けるのが好みだった。寒い時期には鴨せいろ。蕎麦は冷たいがあつあつの汁をくぐらせる。デフォルトはもり蕎麦、ざる蕎麦で蕎麦屋で天ぷらを食べることはあまり多くなかった。天ざるは一部の店を除いて注文することはない。それでも少しずつ好みが変化している。最近そんなことに気づいた。
ある時、近所の蕎麦屋でお品書きにないいか天蕎麦が短冊になって貼られていた。天ざるもほとんど食べないが、天ぷら蕎麦もあまり食べない。立ち食いそばでかき揚げとかゲソ天を頼むことはあるけれど。というか立ち食いそばでは何がしかの天ぷらをのっけないと食べていてちょっと手持無沙汰になる。
さてそのいか天蕎麦を試しに頼んでみるとこれがうまい。蕎麦がさほどうまいわけでもない。普通の蕎麦屋の普通の味だ。つゆがうまいわけでもない。飛び切り出汁がいいわけでもなく、かえしがいいというわけでもない。普通の蕎麦屋の普通のつゆだ。
ひと口すすり、ふた口すすり、天ぷらを少し食べて、つゆをすする。天ぷらからつゆにうつる綿実油がうまいのだとようやくわかる。以後、天ぷら蕎麦にはまってしまった。普通の蕎麦屋で食す普通の天ぷら蕎麦を食べくらべるようになった。
いわゆる名店の天ぷら蕎麦はうまい。神田の老舗蕎麦屋の天吸いなんぞはおかわりしたくなる。ごま油なぞ使っているのだろう風味豊かで圧倒される。もちろんそれなりのお値段ではある。ただね、2,000円、3,000円の天ぷら蕎麦がうまいのは当たり前のことでそれで幸せかといえば、お金を払ったぶんだけ幸せである。それよりもっと幸せなのは1,000円ちょっとで味わえる天ぷら蕎麦なのではないだろうか。
瀬尾まいこは3冊目になる。穏やかな毎日の描写が好きな作家である。なのになあ、なんでこんな展開にしちゃうんだよ、悲しすぎるじゃないかと思ってしまった一冊であった。
ある時、近所の蕎麦屋でお品書きにないいか天蕎麦が短冊になって貼られていた。天ざるもほとんど食べないが、天ぷら蕎麦もあまり食べない。立ち食いそばでかき揚げとかゲソ天を頼むことはあるけれど。というか立ち食いそばでは何がしかの天ぷらをのっけないと食べていてちょっと手持無沙汰になる。
さてそのいか天蕎麦を試しに頼んでみるとこれがうまい。蕎麦がさほどうまいわけでもない。普通の蕎麦屋の普通の味だ。つゆがうまいわけでもない。飛び切り出汁がいいわけでもなく、かえしがいいというわけでもない。普通の蕎麦屋の普通のつゆだ。
ひと口すすり、ふた口すすり、天ぷらを少し食べて、つゆをすする。天ぷらからつゆにうつる綿実油がうまいのだとようやくわかる。以後、天ぷら蕎麦にはまってしまった。普通の蕎麦屋で食す普通の天ぷら蕎麦を食べくらべるようになった。
いわゆる名店の天ぷら蕎麦はうまい。神田の老舗蕎麦屋の天吸いなんぞはおかわりしたくなる。ごま油なぞ使っているのだろう風味豊かで圧倒される。もちろんそれなりのお値段ではある。ただね、2,000円、3,000円の天ぷら蕎麦がうまいのは当たり前のことでそれで幸せかといえば、お金を払ったぶんだけ幸せである。それよりもっと幸せなのは1,000円ちょっとで味わえる天ぷら蕎麦なのではないだろうか。
瀬尾まいこは3冊目になる。穏やかな毎日の描写が好きな作家である。なのになあ、なんでこんな展開にしちゃうんだよ、悲しすぎるじゃないかと思ってしまった一冊であった。
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