2008年5月29日木曜日

TCC広告賞展2008

汐留アドミュージアム東京。

今年のTCCグランプリは、ソフトバンクモバイルのTVCMだった。このCMは奇想天外で、かつどこまで話が展開していくのか予測できず、絶えず視るものに期待をもたせている。他にも骨太な企画はいくつかあったが、こうしてTCC賞の一覧をながめるとまさに圧勝という感じがする。
TCC賞のなかでは黄桜の「江川/小林」篇。当時をライブで知る世代にはさまざまな思いを去来させるシリーズだ。秒数や演出による制限が少ないグラフィック広告が特にすぐれていると思う。ターゲットを絞り込んで、深くコミュニケーションするシャープな広告だ。あとは全般に言葉が巧みに表現の真ん中にすえられている佳作といえる。
新人賞は昨年ほど、とびっきりすごい、と思えるコピーはなかったように思う。なにせコピーライターが決めるコピーの賞ということなので、一般人の感覚でながめていると、なんでこれが、と思えてしまうものもあるにはあるんだが、概して今後に期待できる才能が選出されたというところか。強いてあげるならばプライムの企業CM「駅」篇。コピーライティングの枠組みを超えた企画のおもしろさが光った。それとマクドナルドの「AM1:47のお客さま」篇。あの女性従業員には残業代がちゃんと支払われているだろうか、などと余計な心配もしたが、つくり手の人柄がよく出ている広告だと思う。
帰りに銀座まで歩いてよし田でおかわりつき天せいろを食べた。


2008年5月25日日曜日

梨木香歩『水辺にて』

高校の後輩のNは大学時代カヌーに没頭していた。川下りがおもしろいらしく、アルバイトをしては日本じゅうの川めぐりをしていた。Nは5年大学に通った。3年までに軍資金をつくって、4年で海外の川下りに挑み、5年で卒業する。彼の所属するサークルの連中は、みなそうして5年間大学に通った。
人はなぜ水に魅せられるのだろう。この本を読んで、ふとNを思い出した。
長女の書棚からシリーズ第三弾は、梨木香歩のエッセーである。
水にまつわる読み物は多い。浅田次郎の『月島慕情』、吉本ばななの「大川端綺譚」、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』も大きくとらえれば水まわりの話だ。
梨木香歩が水辺を散策するのは、やがて自分が還っていくであろう世界を慈しみ、自分の生きている部分的な世界を全体的な世界に繋いでゆくためであるという。それを自らの存在全体で納得したいがために時間をかけて、水とふれあう、ということらしい。
そういえば、大学を卒業したNは、放送局に就職した。最初の赴任地は釧路だった。かつて訪れた湿原の水辺が彼を呼び寄せたのかもしれない。

2008年5月23日金曜日

梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』

子どもの頃から、小林旭が好きで、おそらくは“旭”という最果ての地をイメージさせるその名前が好きだったのか、石原裕次郎と対極にある真底不良なイメージが好きだったのか、如何せん、子どもの頃の記憶なのでいまだ明快な根拠は見出せずに、いまだファンである。ファンとはそんなものかもしれないが。
ただナイスガイvs.マイトガイとか、ぼくが長嶋茂雄や王貞治に声援をおくっていた60年代末頃にはあまり接触のないフレーズだったはず。幼年期の記憶というのは、理性的なものごとより、むしろ感性的な部分に負うところが大きいのだろう。ぼくの中の小林旭は、あの喧嘩の強そうな風貌から想像し得ないハイオクターブな歌声だった。
小林旭が喧嘩が強そう…というのは子どもながらに憧れていた。なにせおいら、喧嘩弱かったぜよ。と、どすを利かせていう台詞でもない。三歳上に姉がいたが、小さい頃から姉貴の結婚相手は小林旭がいいと真剣に思っていた。理由は簡単。喧嘩が強そうだから。
それはともかく。ハイオクターブで張り上げる「恋の山手線」や「自動車ショー歌」が大好きだったわけだが、ここ二、三日脳裏によぎり続けているのは、「琵琶湖就航の歌」だ。もちろん、加藤登紀子も歌っているし、もともと三高ボート部の歌なので、誰が歌ってもいいと思うのだが、ぼくの中では小林旭だ。たぶん実在する、あるいは実在していた三高ボート部の、おそらくはバンカラで、それでいて気弱いところもあり、故郷の母親を思い出しては涙する、そんな漕ぎ手たちの気持ちを代表できるのは、小林旭の他にないような気がしている。
いや。小林旭の話を書くつもりじゃなった。
このあいだ『家守綺譚』を読んで、小林旭の「琵琶湖就航の歌」が渦巻いていたってことを言いたかっただけだ。

『家守綺譚』に続いて、長女の書棚からシリーズ第二弾。
これはちょっとした永井荷風かな。明治の昔に渡航した記録のように描かれている。もちろん著者は留学経験があるようだが、なかなかよく描けているフィクションだ。と、偉そうに言っているぼく自身、土耳古には行ったこともなければ、かすったことすらない。首都がアンカラだというのもついさっき知った。
で、村田は土耳古留学を終え、綿貫の下宿にたどりつく。そこで高堂とも再開する。ゴローにも出会う。こうして『家守』と合流する。『家守』を読んだとき、この話は19世紀末から20世紀初頭の話ではないかと推測したのだが、この本の冒頭で「一八九九年 スタンブール」とある。間違ってはいなかった。「高堂」にルビがふってあった。「こうどう」だった。「たかどう」だと思っていた。間違っていた。
で、本当にいいところはその後。いわゆるエンディングってやつ。もちろんここでは書くような野暮はしない。


2008年5月22日木曜日

梨木香歩『家守綺譚』

梨木香歩は『西の魔女が死んだ』以来久々。いつしか長女が読みためていた中から一冊拝借した。
ちょっと不思議な世界だ。
いつ頃の話で舞台はどこらへんなんだろうと興味を持って読みすすめてみた。
場所は琵琶湖の西岸あたりか。ボート部にいた高堂が竹生島の浅井姫命がどうのこうのと言っていた。竹生島といえば「琵琶湖就航の歌」で歌われている。叡山というのは比叡山のことだろう。そういえばJR湖西線に坂本という駅がある。
時代的には「最近訳出されたロセッティの文章」とあるからやはり19世紀末から20世紀初頭の話なのだろうか。三高ボート部がはじめて琵琶湖周航を行ったのが明治26年といわれている。
まあ、そんなことがわかったところで、だからどうした、みたいな話なんだが。
長女にこの本に出てくる村田という土耳古に行った男は『村田エフェンディ滞土録』の村田かと訊いたら、そうだと答えた。



2008年5月20日火曜日

ジョルジュ・サンド『フランス田園伝説集』

母の実家は千葉の千倉なのだが、白間津という集落と西隣の七浦という集落の間は、岩場が隆起したような土地なので、人家がほとんどなかった。地元の人たちはそのあたり、岩場と草むらしかないあたりを「カアシンハラ」と呼んでいた。そう記憶している。
磯と同じようなその岩場の洞窟には昔、「手長ばあさん」が住んでいた。と母親に聞いたことがある。夜になると「手長ばあさん」は洞窟から磯まで手を伸ばして「シタダメ」と地元で呼ばれる小さな巻貝を採っては食べていたという。
真偽のほどはわからない。たぶん地元に長く伝わる口承なのだろうと思う。母はおそらく、その母か祖母に聞いたのだろう。話好きの母親からはいくつかそんな昔話を聞いて育った。
夜は危険な場所なので子どもたちを近寄せないように昔の人が考えた作り話かもしれない。

ジョルジュ・サンドはフランス、ベリー地方の民間伝承を採集していたようだ。近代科学がまかり通るようになった今となっては、迷信めいた話なのだが、著者はそこにある真実を見出しているように思う。その着眼がなんとも素晴らしい。
サンドによると、妖怪やら幻覚やらその手の話は古代からあって、農民たちはそんな不思議な世界と協調して生きてきたという。で、その手の魔物が悪いものになったのはキリスト教文化とその中心的な時代であった中世なんだと。なんとなくわかる気がする。

「シタダメ」は本当はなんという名前の貝なのか、いまだに知らない。ただ茹でてマヨネーズであえたり、かき揚げにするとめちゃくちゃうまい。


2008年5月18日日曜日

池田健二『フランス・ロマネスクへの旅』

今春からはじまったNHKラジオフランス語講座応用編がいい。
いままで応用編というとテーマが設定されていて、たとえばサン・テクジュペリの『星の王子さま』を読むとか、ル・モンドを読むとか、数字にまつわるフランスを考察するとか、旅で役立つ会話レッスンとかそれなりのテーマがあって、それに即してテキストの文章があって、読んでは文法的、会話的なポイントを解説するという、どちらかといえばテーマの中心に向かって真っしぐらに進行していく、いわば求心的なプログラムだった。
今年は違う。
もちろんテーマはある。“コミュニケーションをスムースに”みたいなことだ。でもって、そのカリキュラムが絶妙なのだ。
週二回のレッスン。その一は音読。さして長くない文章を読む。音読する。自己紹介とか、家族の紹介とか、いたって簡単な文章だ。だが、その文章を読ませる、聴かせるアイデアがそこにある。
まず短い文章を読んで聴かせる前に文章にまつわる質問を聴かせる。最初から質問がわかっていれば、それに答えられるように集中して聴くことができるって寸法だ。
たとえば家族の紹介というテーマの文章があるとする。それを読む前に、彼には何人きょうだいがいますかとか、彼の兄・姉は何をしていますかみたいな質問がふられるわけだ。聴いてる側としてはそれに答えられるポイントを聴こうとするので、おのずとポジティブに耳をそばだてる。
で、週二回のレッスンの二回目。短い文のかけあいをここで学ぶのだが、まず答を聴く。そしてこの答を引き出す質問は何かを考えさせる。最初に「はい、だって東京にはおいしいレストランがたくさんありますから」という答を聴かせて、「夕飯は外で食べることが多いですか?」という質問を導き出すという手法だ。
最初のうちは、教材を読んでついていくので精一杯だったが、だんだんなれてくると、実にほどよく計算された教材だと感心してしまうのである。
ま、それはともかく。
ロマネスクとはローマ風の、という美術用語なんだそうだ。
十一、二世紀の建築と芸術の様式を示すために考案された名称なんだそうだ。
著者が訪ね歩いた中世の教会建築をロマネスク芸術という視点で丁寧にとらえた一冊。当然のことながら、『ロマネスクの歩き方』的な簡単な本ではない。新書だからといって軽い気持ちで読んではいけない。ましてや中世史もフランスの地理もキリスト教文化も教会建築も何の予備知識もなく頁を開く本でない。
いきなりあらわれるナルッテックス、タンパン、ラントー。さらに身廊、側廊、内陣、クリプト、トリビューン、ヴォールト、パンダンティフ。読んでもよくわからない巻末の用語解説を見、目次後の地図を見、豊富な写真を見て、さまざまな情報を総合して読みすすめていく。それでも難解だ。
つまり芸術とは難解なのだ。


2008年5月16日金曜日

永井荷風『ふらんす物語』

40年ほど昔。
大手の広告会社に勤めていた叔父が突然辞めてニューヨークに行くといいだした。親きょうだいの反対をおしきって(かどうかはわからないが)、1969年のとある冬にホノルル経由のパンナム機で羽田を発った。
しばらくして母宛に手紙が届き、わずかばかりの荷物のなかに永井荷風の本があって、なんども繰り返し読んでいると書いてあった。
正直ぼくは日本文学はさして読んでいない。じゃあ何文学をこよなく読んだのかといわれるとそれにも答えようがない。少なくとも永井荷風はいちどたりとも読んだことがない。なかった。
実はこれは大いなるミステークであって、例えば、だ。二十歳の頃御茶ノ水にあるフランス語学校に通っていた。一年ばかり。もしその頃読んでいたならば、もうちょっとちゃんとフランスに憧れただろうに。3年前に南仏を訪ねた。その前にもし読んでいたならば、もっときちんとフランスを見て帰っただろうに。昨年もやはり南仏に行った。それまでに読んでいたならば、きっとリヨンまで足をのばして、ローヌ河のほとりを歩いたであろうに。と、日本語では動詞の活用が面倒じゃないのでやたらと条件法を使っているが…。
ともかく船でふた月近く、お金だってバカにならないだろう当時としては想像を絶するエネルギーを使って、明治の時代に西欧へ出向いて見聞をひらいた著者の熱意にほとほと感心せざるを得ない。
そういえば以前叔父がいっていた。ほんとはニューヨークじゃなくてパリに行きたかったんだよねって。1969年、叔父のバッグに入っていた荷風はこの本じゃないかと思うのだ。

2008年5月14日水曜日

藤谷護人・宮崎貞至監修『個人情報保護士試験公式テキスト』

5月も半ばだというのに寒い。
夕方、外苑前のスペースyuiという画廊に行く。和田誠と安西水丸の共作イラストレーションが展示されている。今年でもう四回目になるらしい。一枚の紙にまずどちらかが下手側に描く。それに答えるようにもうひとりが上手側に描く。そして最後にふたりで題名をつける。と、まあこんな楽しそうな作業をするわけだ。
題して“安西水丸・和田誠 個展「AD - LIB」”。
たとえば、和田誠がやしの木が一本生えている無人島を描く。すると反対側に安西水丸が漂流してこの島にたどりつくマンモスを描く。タイトルは“無人島に流れついたマンモス”。
それはさておき。
個人情報保護士という資格があるらしい。ためしに過去問をいくつか見てみたら、さほど難しくなさそうなので、ひととおり読んでみよう気になった。まあ学生でいうところの参考書ですな。パソコンソフトの「これで使いこなせる」みたいな本。特に感想はなし。
ちょっと気になったから書いておくが、この手の本(と決してさげすんで言ってるわけではなく)はどちらかといえば真剣に知識を得たい読者が支えているわけだから、できるだけ誤植は避けたいところだ。


2008年5月10日土曜日

東山魁夷展

東京国立近代美術館。

1981年、やはり同じ国立近代美術館で東山魁夷を見た。当時は気にもつかなかったことが四半世紀以上の時を隔てて気になる。いずれ当時も今も芸術に関してはもちろん、ありとあらゆる世の中の万物に関して不勉強であることには変わりはないのだが。
東山魁夷のすごさは、そのシンプルさにあると思う。
絵画として、突出した個性的な作為を決して描かない。私の画風はこうだから、必ずこう描くのだ、という安っぽいこだわりがない。森の泉にたたずむ白馬でさえ、まるでそこにいたかのように描かれている。だから、東山魁夷の絵を見るということは、彼が実際に目にした風景を眺めるのと限りなく近い体験ができるということだ。そして色合いの微妙さ。これは銀写真でも印刷でもおそらくは再現不可能な光の表出だ。いかに彼がピュアな目を持っていたかの現われだろうと考える。
そういった意味では東山魁夷のとらえたヨーロッパの街並みは路地裏で売られている絵葉書より、はるかに忠実で、しかも奥ゆかしく、その乾いた空気と光をみごとに再現している。


2008年5月9日金曜日

第14回中国広告祭受賞作品展

汐留アドミュージアム東京。

中国広告祭の受賞作品はここ数年見ている。
アイデアがとても新鮮でピュアだ。日本でこんなにクリアなクリエーティブを見せてくれるのは広告制作者の若手や学生の登竜門である朝日広告賞や毎日デザイン賞くらいなものだと思えるほど若々しさと勢いがある。
実は毎年そう思って見ていたが、今年はちょっと違う。オリンピックイヤーという意気込みがやけに空転しているように思えるのだ。
広告表現としてちょっと頭がよすぎる広告が増えている。頭のいい広告は好感を持たれるが、よすぎる広告はいかがなものか。テレビCMでいうと余計な駄目押しが不快だ。
たとえばケンタッキーの海老フライ。ふたりの釣り人。後から来た釣り人は傍らにケンタッキー海老フライを置く。すると魚がそこをめがけて飛び込んでくる、ここまではいい。ぶらさがり的についているはじめから釣りをしていた人がそのことに気づいて今度は自分が海老フライをえさにバケツを持ってかまえるカットがある。いわば田中に株あり的ないかにも漢文的な落ちなんだが見ていてうざい。
インスタントラーメンを食べることによって小学校に寄付行為が行われ、そこからオリンピック選手が生まれるかもしれないという公共広告も、まあよくはできているんだが、だからどうしたって感じかな。日本もオリンピック選手をかっこよく映像にするだけのがんばれCMばかりで自慢はできないんだが。
ともかく今年の中国広告祭はオリンピックというちょっとしたイベントが本来とてもいきいきしている中国クリエーティブをややこしい大人にしてしまっている。

2008年5月7日水曜日

野村進『調べる技術・書く技術』

たまには読むんだが、文章力が上達する的な本はあまり信じていない。
それと実はあんまりノンフィクションは読まない。文章が淡々としていて、どこで笑っていいのか、泣いていいのかときどき難しく感じるから。ちょっとした言葉遣いの綾やレトリックが豊富な創作のほうが読んでいてなじむ。
野村進というノンフィクションライターをぼくは全く知らなかった。その著作を読んだこともなく、名前すら知らなかったのだ。ただ本屋でそのタイトルを見て、手に取り、ぱらぱらっとめくってみて読んでみようと思った。
とてもよい一冊だ。文章を生業とする著者の誇りと誠実さがきちんと伝わっている。単なる経験談だけでなく、自らの仕事で培ってきた著者の人間としての“豊かさ”を垣間見ることができる。自ら孤独な長距離走者と名づけるだけあって、そのストイックで背筋を伸ばしたフォームに好感が持てるし、その姿勢と、確固たる方法論といかにも現場的なある種行き当たりばったりなところも包み隠さず語れるところがすばらしい。
ぼくはノンフィクションライターとかジャーナリストをめざす若者たちがいまどれほどいるのか実感はないし、身近なところで野球の選手をめざしたり、編集者をめざしたり、アーティストをめざしたり、医者や教師をめざしたりする友人はいたけれど、文章で身を立てようとしたものがいなかった。そういうこともあって読みはじめた最初は、この本はいい本だけどいったい誰に向けて書いているんだろうと思った。それくらい真剣勝負な本だと感じたわけだ。
でもね、いちばんこの本のすばらしいところは、漢字と仮名の使い分けが自分と似ていて、とてもしっくりしたことだったりするんだよね。


2008年5月5日月曜日

中島孝志『インテリジェンス読書術』

学生野球もはじまり、まさに球春だ。
東京都の高校野球は帝京が優勝、準優勝の日大三とともに関東大会に駒を進めた。夏はこの二校が東西東京の第一シードとなるわけだ。久しぶりにベスト4まで進出した日大二の健闘が光った。
東都大学野球や東京六大学野球では昨年甲子園をわかせた垣ヶ原(帝京)や野村(広陵)が早くも神宮のマウンドに上がっている。
インテリジェンスという言葉には昔から弱く、それは自分に大きく欠如していることのあらわれなのだろうと思っている。著者は年間3,000冊を読破するということらしいが、年間3,000冊購入しているのか、完全に読破しているのかはちょっと不明。税理士の報告から逆算しての数字らしい。実際に読むのは2,400冊と書いてあるし、「年3000冊を読破する私の方法」というサブタイトルからしていったいこの人は何冊読んでるのってついついディティールにこだわってしまう。いずれにしてもぼくは年間どころか半世紀近く生きていてもそんなにたくさんは読んでいないと思う。
それでもできればもっとたくさんの本は読みたいとは思うが、如何せんぼくは読むのが遅い。速く読もうと意識しながら読むのも身体に悪そうで未だに5キロを45分くらいのペースで読んでいる。
それでもってこの本に書いてあるのは、本をたくさん読んで、その中からこれだってものをつかみとりなさいよってことだ。

2008年5月1日木曜日

ミュリエル・ジョリヴェ『移民と現代フランス』

南仏には中華料理屋が多いように思う。
とはいっても目について、わかりやすいのが中華料理だからそう思っているだけかもしれないけど。カンヌにもあるし、アンティーブにもニースにもある。っていうかそれしか行ったことがない。
どこも共通しているのはフランス人とかアラブ人とかアフリカの人がやってるんではなく、中国かベトナムか、どう見てもアジア人らしき人が経営している(少なくともそう見える)。
フランスは毎年数多くの移民を受け容れているという。とてもオープンな国なのだ。とりわけ旧植民地であるアルジェリア、モロッコ、チュニジアからが多いそうだ。でもってマグレブ人と呼ばれる彼らは正式な滞在許可証を得て、安定した職業に就くまでたいへん苦労するらしい。生活習慣の違いも大きい。なんとも身につまされる本である。
どのくらい身につまされるかっていうと、スタインベックの『怒りのぶどう』、藤原ていの『流れる星は生きている』くらい身につまされる話だ。
この本は各関係者、識者、当事者にインタビューを試みている。その見解をまとめているのであるが、社会学などでよくある手法なのかもしれないが、海外のドキュメンタリーやルポルタージュをテレビで視ているように読める。現代フランスの移民問題を(というか移民をテーマにフランスの社会や制度を問い直すのが主眼だと思うが)するっと巧妙にまとめているなって感じだ。
アンティーブのちょっと気のよさそうな主人もニースの無口なおやじさんもかつては移民だったんだろうか。アジア人は比較的同化しやすいとはいうが、それなりに苦労があったんじゃないかなあと遠く南仏の中華料理屋に思いを馳せるのである。