2023年8月20日日曜日

安西水丸『東京ハイキング』

南青山のギャラリー、スペースユイで安西水丸展が開催されていた。以前はクリスマス前とか大型連休明けなど年に何度か行われていたけれど、このところ7月にいちどだけになった。7月は彼の誕生月でもあるしちょうどいいといえばちょうどいい。
今年のテーマは川。個展のタイトルは「The River」だった。安西は安西水丸になる前、電通を辞めてニューヨークに移り住んだ。最初に住んだリバーサイドドライブのアパートはハドソン川に近く、その後イーストリバーに近いアッパーイーストに引越した。1969年のことである。安西の描く川を見て思い出したのはこのふたつ。
安西水丸は何冊か東京散策の本を著している。『青インクの東京地図』『大衆食堂に行こう』『東京美女散歩』などである。東京のあちらこちらをこよなく愛し、歩いている姿が目に浮かぶ。
ふと気づいた。水丸は、兄と五人の姉がいたのにあまりきょうだいのことを語らない。短編集『バードの妹』に登場する男が彼の兄をモデルにしていると誰かに聞いたことがある。五人の姉たちは赤坂の家からどこかに嫁いだに違いない。それぞれの縁のある土地でも訪ねてみてくれたらいいのにと思う。もしかすると東京以外の場所で彼女らは暮らしたのかもしれない。姉たちは東京散策の著作に登場しないが、水丸の叔母(彼の父の一番下の妹)はしばしば登場する。四谷荒木町で三味線の師匠をしていたという。古い著作ではあるが、『青の時代』にも出てきたように記憶する。赤坂に生まれ育った人であれば三味線の嗜みくらいは当然あっただろう。
編集者はあとがきで安西水丸を「生粋の東京人」であると評している。僕は少し違うかなと思う。ものごころついたときから過ごした南房総千倉町こそが彼のふるさとであり、彼にとって東京は憧れの町だったはずだ。それはともかく、訪れた町のイラストレーションに気の利いた俳句が添えられている。なかなか洒落た一冊だ。