2020年6月20日土曜日

獅子文六『バナナ』

主人公が家族で食事に出かける。神田三崎町の天ぷら屋だ。
「水道橋からそう遠くない裏町へ、車が曲がって行ったが、およそ美食に縁のない界隈に、戦後売り出した、テンプラ屋があった」
どこだろう。つい検索してみたくなる。
獅子文六の小説は彼が生まれた横浜が舞台となることがある。今回は神戸が登場する。
神戸には何度か足を運んだ。いずれも慌ただしい旅程で印象らしい印象は残っていない。新幹線で行って、プレゼンテーションして、中華街で定食を食べて帰ってきたこともあった。作者にとってもさほどなじみのある町とも思えないが、横浜生まれの獅子文六にとって親近感がわいたのではなかろうか。あるいは同じ国際貿易都市というカテゴリーで見てしまう先入観がそう思わせるのか。
国際結婚も獅子文六の作品にときどき見られる。『娘と私』は自伝的小説だから当然として、『箱根山』の乙夫も混血児だったし、『やっさもっさ』のシモンとバズーカお時。まだ読んでいないが『アンデルさんの記』のセシール・アンデルセンも英日のハーフだという。『評伝獅子文六 二つの昭和』には獅子文六と彫刻家イサムノグチのエピソードが書かれていて興味深い。
この本でちくま文庫から刊行されている獅子文六の作品はひととおり読み終えた。ここまで読んでくると作者の仕掛け方が少しわかってくる。わかってきたところで次に読む本がなくなる。よくあることだ。
ところで東南アジアではバナナの天ぷらが食されるという。食べたことはないし、あまり食べたいとも思わない。バナナ輸入を扱ったこの小説のなかで天ぷらがときおり登場する。バナナについて下調べをしているうちに作者はその存在を知ったのではあるまいか。そのせいで執筆中やたらと天ぷらを食べたくなったのではないか。余計な勘繰りをしてみる。
「今晩は、神田のテンプラ屋の天丼でいいよ。…」
ラストの主人公の台詞である。三崎町の天ぷら屋だろうか。やはり気になる。

0 件のコメント:

コメントを投稿