2019年7月16日火曜日

沢木耕太郎編『山本周五郎名品館1おたふく』

法事があって、南房総を訪れる。
8月のお盆や彼岸、5月の連休などに墓参りに出かけるが、7月に訪れるのは久しぶりである。夏が夏になり切れていない中途半端な季節ともいえる。青くひろがる海もまだ水温は低そうに見える。
込み入った事情があって、もともとあった墓所から菩提寺の境内に移設した。法要とともに新しい墓への納骨も行った。昨年の夏に寺の住職に相談を持ちかけたから、およそ1年がかりの移設だった。以前の墓所もそうだったが(南房総の小さな集落はどこでもそうだろうが)、海が見わたせて気持ちがいい。ご先祖様も満足してくれたのではあるまいか。前日までの雨が嘘のようにあがり、青空に白い雲が浮かんでいた。
道すがら、山本周五郎を読む。久しぶりの周五郎である。たしか1年ほど前に『正雪記』を読んだ憶えがある。この短編集は沢木耕太郎が編んだもので、はじめて読む短編もあれば、以前読んだものもある。いい話は何度読んでもいい。「あだこ」「晩秋」「おたふく」「雨あがる」…。いずれの物語にも人として生きる道すじのようなものが示されている。それも押しつけがましくなく、くどくなく。さらりとかすかに心に残る。その短編の数々は酒に似ている。口あたりのよさにつられて、盃を重ねるごとに知らないうちに酔いがまわっていい気持ちになる。そして翌朝になっても残像のように酔いが残っている。
沢木耕太郎は20代の頃『深夜特急』の旅の途中、アフガニスタンからイランに入ったところで文庫本の『さぶ』を譲り受けた。これが沢木にとって周五郎とのはじめての出会いだったという。日本の活字に飢えていた沢木は冷たい水をがぶ飲みするようにその文庫本を読んだに違いない。
周五郎のおすすめはと訊ねられるとその答は難しい。『樅ノ木』か『赤ひげ』か、あるいは『青べか』『長い坂』『五辯の椿』…。もしかするとイチ押しは短編作品のなかにあるのではないか。
そんな気もしている。

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