2019年7月8日月曜日

獅子文六『箱根山』

東京で生まれ育ったので、小学校の頃、林間学校(たしか区の施設があった)や修学旅行で訪ねた箱根や日光は比較的身近な観光地である。
とりわけ箱根は小田原から湯本に出て、スイッチバックの登山電車で強羅、ケーブルカーで早雲山、ロープウェイで湖尻、遊覧船で関所や元箱根を観光して、というコースが確立している。乗りもの好きでなくても気持ちが高揚してくる。駅前で蕎麦を食べ、場合によっては温泉に浸かり、ゆでたまごを食べて日帰りすることもできる。よくできた観光地だ。
江戸時代は関所で栄えた箱根も明治時代になってからは交通の便が悪く、衰退していったという。大正になって、国府津から熱海線というローカル線が敷かれ、東京、横浜から直通の列車が小田原に乗り入れるようになる。さらに昭和に入り、丹那トンネルが開通したことで小田原、熱海は東京に近い温泉保養地としてふたたび注目を集めることになる。そして小田急や大雄山鉄道など交通網が整備され、発展を遂げる。
箱根の山はケンカのケンと呼ばれたくらい20世紀以降の箱根は小田急、西武鉄道、東急が入り乱れて鉄道や道路、遊覧船の航路をはじめ観光施設の建設を競い合ったという。当時の熾烈をきわめるケンカは時代とともに忘れ去られつつある。その記憶を今に伝えているのが(もちろんそれが主たる目的ではあるまいが)この『箱根山』という小説。
娯楽文芸の大家(と勝手に呼んでいる)獅子文六作品だけに肩ひじ張らずに読むことができ、微笑ましい登場人物たちに共感をおぼえる。『てんやわんや』『自由学校』『七時間半』などと同様、映画化もされている。映画(監督は「特急にっぽん」の川島雄三)はまだ観ていないが、加山雄三と星百合子のコンビに老舗旅館の女主人が東山千栄子とキャストを眺めるだけで期待が高まる。
獅子文六のすぐれた作品を最近ちくま文庫が装いも新たに発刊している。随所に昭和のにおいが感じられ、読んでいて楽しい。

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