2014年11月9日日曜日

吉村昭『零式戦闘機』

イラストレーターだった叔父が亡くなって、あっという間に半年が過ぎ去った。先月から銀座で回顧展ともいうべき個展が開催されている。
銀座といっても新橋駅からほど近いところが会場なので母にも億劫がっていないで見に行ってきたらどうかと勧めているのだが、まだ行っていないようだ。億劫がっているのは母だけでなく、実は僕も同じで先週新橋に行く用事があってようやく見てきたばかりである。
叔父と母は8つ歳が違う。母のすぐ下の妹とも6つ違う。歳のはなれた末っ子だったのだ。これだけ歳がはなれればいろいろなこと、ものの見方や考え方も違うだろうし、共有できる記憶もそう多くもないだろう。たとえば叔父の記憶では父親(僕にとっての祖父)は昭和21年に他界したことになっている。母の記憶では自分は中学生で弟は小学校に入ったばかりだったという(父を亡くして高校進学を諦めたという話を僕は母から何度となく聞いている)。おそらく昭和23、4年ではないか。
展示物のなかにある雑誌に連載された絵と文があり、祖母、母と5人の姉にかこまれて育った少年時代といった内容だった。7人の女性の似顔絵(さして似ているとも思われない)があり、祖母何年生まれ、母何年生まれとルビがふられている。姉たちは1~5と番号がふられ、やはり生年が記されている。よくよく見ると4(これは母だ)は昭和8年生まれとなっている。5(これは叔母)は昭和10年となっている。正しくは昭和9年と11年である。もう80になる老女が昭和何年生まれかなんて世の中的にはどうでもいいことであろうが、やはり6つも8つも歳がはなれると実のきょうだいとはいえ、そんなことはどうでもよくなってしまうのだろう。
『戦艦武蔵』を読んだ後、次に読むのは『零式戦闘機』だと決めていた。
名古屋の三菱重工業の工場から試験飛行のためにぎゅうしゃで岐阜の各務原に牛車で引いて行く。宮崎駿監督「風立ちぬ」でもおなじみのシーンだ。この画期的な技術を発展的に継承できなかったことが誠に残念である。

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