2015年1月19日月曜日

川本三郎『成瀬巳喜男映画の面影』

下町に限らず、知らない町を歩くのは楽しいものだ。 
町歩きを重ねていくうちに川本三郎の本にめぐり合った。そこで林芙美子に出会い、成瀬巳喜男の映画にたどり着いた。 
成瀬巳喜男の映画に映し出される昭和の町並みが好きになった。 
成瀬の映画は「貧乏くさい」という。登場人物は会社重役ではなく商店主だったり、山手の婦人でなく未亡人だったり、どこか哀しさとともに生きている。具体的で細かいお金のやりとりがある。これまで何本か観てきて気づかなかったことをこの本は気づかせてくれる。 
頼りない男が出てくるのも成瀬映画の特徴だという。「浮雲」「娘・妻・母」の森雅之や「めし」の上原謙。あるときは(というかたいていの場合)もてない男、またあるときは結婚詐欺師の加東大介。戦争中肩で風を切っていた男たちは萎縮しはじめ、エコノミックアニマルへの道を歩みはじめる。そんな戦後日本の男たちを等身大で描いている。 
とかく小津安二郎と成瀬巳喜男は対比的にとらえられる。同じように小市民を描いてきたからだと考えられるが、鎌倉が舞台だったり、会社重役だったり、品のいいつくりで芸術性の高い小津映画とつましい庶民の生活を念入りに演出した成瀬映画とは同一軸に置くことはできない気がする。そもそも同時代の映画ということ以外、共通点はほとんどないといってもいい。同じ素材を使ったまったく異国の料理を比べているみたいな。 
実をいえば、僕は若い頃映画とはほぼ無縁の生活をしてきた。映像関係の仕事に就くようになってからもさほど熱心な映画ファンではなかった(以前在籍していた会社の社長からもっと映画を観てこいとお小遣いをもらったこともある)。だがここ何年か成瀬巳喜男を通じて昭和の映画に惹かれるようになった。 
成瀬巳喜男が携わった映画は40数本。そのうち僕が観たのは数本に満たない。川本三郎のこの本はこのような成瀬初級者にとってやさしい道しるべなのである。 

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