2021年11月8日月曜日

吉村昭『蜜蜂乱舞』

はじめてこの本を読んだのは7年前。養蜂のことなど何も知らなかった。
養蜂には同じ場所でさまざまな花の蜜を採取する定置養蜂と花を探しもとめて日本全国旅を続ける移動養蜂がある。移動養蜂は莫大な労力とコストを必要とする。
特攻隊の基地があった鹿児島県鹿屋市。蜂屋の伊八郎は、毎年の菜の花の季節が終わると新たな花を求めて北へ向かう。巣箱は2台のトラックに載せ、採蜜に必要な道具のほか炊事用具、テントもライトバンに積みこむ。7ヶ月におよぶ旅のはじまりである。
蜜蜂は暑さにも寒さにも弱い。巣箱のなかに熱がこもることで死んでしまう。これは蒸殺と呼ばれ、移動中細心の注意が払われる。気温の下がった夜に移動をはじめ、風を通すために極力停車させない。そして夜明け前に蜂場に到着するよう配慮する。採蜜を続けながら、本州へ。長野、青森を経て、連絡船で北海道十勝へたどり着く。
蜜蜂たちの日々の動きを観察することも欠かせない。分蜂という新たな女王蜂の誕生があり、盗蜂といって自分の巣箱以外の蜜を盗む蜂もあらわれる。経験を積んだ鉢屋は次々に起こる事態を冷静に対処する。
花のある場所付近にスズメバチの巣がないかも確認する。見つかった場合はすみやかに処分する。秋になって食べ物を求めて羆があらわれる。蜂蜜を大好物とする羆は蜂だけでなく、人をも襲う。そのためにライトバンには猟銃も用意されている。いのちがけの仕事なのである。
吉村作品にはマグロを追いかけたり、ハブを生け捕りにする話もある。スケール感や恐怖感では蜜蜂の比ではないかもしれないが、この物語には蜜蜂を見つめるまなざしの深さと家族の秩序を常に考える愛情に満ちた伊八郎の生き方がしっかりつながっている。蒸殺で蜂を失った男、家族を捨て殺人を犯した仲間、轢き逃げで刑務所で暮らす長男の妻の兄。伊八郎一家と隣り合わせているこれらの挫折。こうした緊張感が彼ら家族の絆をいっそう深めている。

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