2021年3月27日土曜日

横川和夫『その手は命づな ひとりでやらない介護、ひとりでもいい老後』

去年、大井町でばったり会った吉岡以介と連絡を取り合う機会があった。
脳疾患で倒れた母親は退院後、郊外の施設に入所したという。半身が不自由で日常生活のほとんどの場面で介助が必要だという。
「そうするしかなかったんだよ」
それでもリハビリテーションをがんばれば少しはいい方向に向かうだろうと吉岡はリハビリに力を入れている施設を選んだ。自宅からは遠いが、勤務先からは電車で乗り換えなしだという。ところが新型コロナウイルス感染拡大で面会は事前予約したうえで15分のみ。吉岡は在宅勤務となり、母親の入所する施設は遠い場所になってしまった。在宅での仕事も要領を得ず、なかなか面会にも行けないと話す。
著者の河田珪子は義父母の介護にあたり、自分ですべてする必要はないと考えた。手を貸してくれる人がいる、介助が必要な人がいる。世の中はおたがいさまなのだ。「まごころヘルプ」はこうしてスタートした。サービスを利用する利用会員、サービスを提供する提供会員がそれぞれ会費を払って参加する。おたがいにメリットがある。
河田は家庭の事情で祖父母に育てられた。それがすべてではないにしても彼女は年寄りが好きだという。年寄りのためになることをしたいという。その思いは、高齢者だけでなく、妊婦や障がい者、外国人へと裾野を広げていく。まごころヘルプの次の取り組みとして「うちの実家」、そして「実家の茶の間・紫竹」といった居場所づくりへと連なっていく。
河田が考える「居場所」はよくある「通いの場」とは異なる。参加者に何かをさせるのではなく、一人ひとりが好きなことする。プログラムがない(ラジオ体操だけは続けているようであるが)。非行事型の居場所と言われている。
それはともかく、吉岡の母親も施設入所以外に、もっと本人も周囲も気持ちが豊かになれる選択肢があったのではないかという気もする。もちろん本人はそれどころではなかっただろうが。

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