2009年9月2日水曜日

フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

ちょっと大げさな分類だが、世の中に『カラマーゾフの兄弟』を読んだ人と読んでいない人がいるすると、ぼくはこの歳になってようやく読んだ人の仲間入りができたというわけだ。
それにしても光文社の古典新訳文庫はいい。
なにが素晴らしいって、おもな登場人物をしおりに印刷してあることが素晴らしい。ロシア文学などとほとんど縁遠い生活をしているわれわれにはアグラフェーナ・スヴェトロワとかカテリーナ・ヴェルホフツェワなどという名前はおいそれとは記憶にとどまらない。ぼくの母は昔から言ってた。外国の小説は登場人物の名前が憶えられなくてねえ、と。ドミートリーだのラスコーリニコフだのスヴィドリガイロフだの片仮名名前が苦手だった読書家にとってこれはまさに蒸気機関並みの画期的なアイデアだ。
もちろん訳者の亀山郁夫が氏のこれまでの研究成果を駆使し、解釈しやすいよう丹念に言葉を選んでくれていることも読みやすさにつながっている。なによりも訳者が自らあとがきで述べているように「リズム」をたいせつに訳されているのだ。
さて今回読破したばかりのぼくはこの本に関する感想などまだ持ち得ない。読みきっただけで精一杯だ。というわけでとりあえずここではこれから『カラマーゾフ』を読む読者のために偉そうにひとつふたつアドバイスをしてみよう。
◆難解なところはさらっと読め
人によってどこが難解かは判断が難しいが、ぼくの場合、宗教的なくだりは不得手である。とりわけイワンの朗読する「大審問官」やゾシマ長老の談話などは無理矢理解釈しようとしても時間の無駄である。おおまかな物語の流れにはさほど影響しないので、わかろうがわかるまいがさらっと読み飛ばしてしまおう。後で気になったら読み返せばいいのだ。
◆あとがきを活用する
1巻のあらすじは2巻のあとがきに、2巻のあらすじは3巻のあとがきにある。訳者のちょっとした心遣いだ。先にあらすじを読んでから読むと読書のスピードはアップする。もちろん、映画の結末を聞いてから映画館に行くのは絶対いやだという人にはおすすめしない。
◆4巻は厚い
1~3巻にくらべ4巻は厚い。それまでポケットに入れても苦にならなかった文庫が急に厚くなって重くなる。その頁数にめげてしまう読者もいるかもしれないが、3巻を突破したら4巻は読まざるを得なくなる。気持ち的には1~3巻が上巻、4巻が下巻と考えればいい。5巻(第5部)は数十頁しかないのでおまけと思えばいい。
◆本当は続編があった
ドストエフスキーは続編的なもうひとつの小説を構想していたという。ドミートリーとイワンの物語はこれで完結し、それに続くアレクセイの物語を書く予定だったという。読んだ後でそのことを知ると、なるほどそうだったのかと思えるところは多々あるのだが、あらかじめ『カラマーゾフ』は未完の小説だという先入観を持って読んでみるのもおもしろいはず。

昔読んだ小説で古典新訳文庫に加えられている本をこんど読んでみることしよう。翻訳のちがいがわかるかも知れない。
っていうか、たぶんもう憶えてもいないだろうなあ。


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