2008年8月1日金曜日

山本文緒『プラナリア』

でね。
ぼくらは学校の体育館を追い出され、児童館で卓球をするようになったわけだ。単に遊び場所が変わったっていうふうに解釈すれば、まったくそのとおりなんだが、実のところ遊び場のダウンサイジングはぼくらの卓球のスタイルにも影響を与えた。つまり、ぼくらが覚えた卓球は体育館というある意味、小学生にとって卓球をやる上で無尽蔵なスペースだったわけで、卓球台の両サイドを走りまわる、まさに純日本的なドライブ卓球が身についていた。相手からスマッシュされたら、まずは下がる。ロビングでひろえる限りひろって、向こうのミスを待つ。あるいは打ち切れなかったゆるいボールに飛びついてカウンタースマッシュをする。まあ、なかなかそこまで技術的には追いついていなかったけどね。少なくともぼくらは71年世界卓球の伊藤繁雄からそんな卓球を教わっていた。
それがだよ。児童館は遊戯空間としては適度な広さと快適さ、さらにはちょっと新しい遊具の数々があって、子どもにとってはこんな恵まれたスペースはなかったんだ。でもだよ。そうした多目的プレイスペースに卓球台も置かれているわけで、これはいきなり「小さく前へならえ!」の状態で卓球をするようなものなんだ。しかも天井が低い。下がってロビングなんてまず不可能。要はここではラケットを振って、ボールを打ち返すことはできても、名古屋世界選手権団体戦、荘則棟に代わって中国のエースとなって活躍した李景光が繰り出すスマッシュをかろうじてロビングでしのぐ伊藤繁雄、みたいなラリーは望むべくもないということだ(もともとそんな技術もないのだが)。
結局、児童館卓球はぼくらを卓球台のすぐ近くに立たせて、そこで卓球をするすべての子どもたちを前陣速攻型のプレイヤーに変えてしまった。

でね。
山本文緒は最近新しい短編集を出したそうだが、そちらはまだ読んでいなくて、テレビの○曜ロードショウで以前のヒット作を見るように『プラナリア』を読んでみた。
この本を読む限り、どの短編も結末近くなると急激に話が展開しだす。あれよあれよと話が動き出し、いつしか終わっている。

ただ、前陣速攻というのはフォアもバックも同じように強くて速い打球を打てなければならないんだよね。ぼくらのまわりでバックハンドが難しいペンホルダーよりシェークハンドグリップが増えてきたのも、もとを正せば児童館のせいなのかもしれない。

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