同業で同い歳のTさんが本を送ってくれた。御岳父の遺品であるという。
同業というのはテレビコマーシャルなどの企画や演出をする仕事で広告会社に在籍し企画やプレゼンテーションを主にしていた僕と異なり、Tさんは大学卒業後制作会社に入り、制作進行という現場の仕切りからキャリアをスタートさせた。ややもすれば頭でっかちな僕とくらべ、現場のたたき上げで演出家になったTさんは映像制作に対する覚悟をもっていたように思う。ふたりで(あるいはもっと複数で)アイデアを持ち寄る打合せを何度も経験したが、互いに企画案を褒め合ったものだ。彼は僕にないアイデアを出し、僕は彼にはないアイデアを出した。そんなこんなで気心知れるようになったのだろう。
それでもふたりの間には実際のところ共通点が少ない。僕は音楽はもっぱら聴くばかりだが、彼はフルートやリコーダーなど楽器に親しむし、熱狂的なサッカーファンである(高校時代は強靭なセンターバックであると聞いている)。僕はひたすら野球を見るだけ。町歩きや鉄道が好きな僕に対して、Tさんは持ち前の行動力を活かして炊き出しなどのボランティアにも積極的に参加する。
ひとつだけ共通点があるとすれば、吉村昭だ。僕はすべてではないが多くの吉村作品を読んできた。そのことでTさんとSNS上でやりとりしたことも多い。それで自分が読み終えた初期の短編集を僕に読んでみませんかとすすめてきたのだ。少し前に『長英逃亡』と『海の史劇』を再読した。次に何を読もうかと思っていた矢先だったのでありがたくいただき、一日一遍ずつかみしめるように読んだ。
吉村昭は戦後まもなくまだ若い頃に肋骨を切除する大手術を受けている。この作品集には生と死の間を彷徨っていた初期の短編で構成されている。いずれも力作である。そして死の匂いがどんよりと漂っている。これまで読んだ短編のなかでは『鯨の絵巻』のなかの「光る鱗」に似た肌触りを感じた。

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