2023年6月12日月曜日

浅田次郎『おもかげ』

親戚の通夜に行く11月の寒い日。友人吉岡以介の母親は、駅で電車を待っているとき脳疾患を起こして倒れた。もう4年くらい経つだろうか。以介がいっしょにいたのですぐに救急車を呼んでもらって大事に至らずに済んだという。電車に乗っていたらもっと大変だっただろうとも言っていた。以介の母親はその後区内の特養に移り、昨年は施設で米寿のお祝いをしてもらったそうだ。左半身に麻痺が残り、不自由な生活を余儀なくされているが、よくしゃべり、食欲もあるからあんしんだという。
先日、NHKのドラマを視た。なにかのついでに視ていたせいか、こまかいストーリーはわからなかったが、主人公は中村雅俊だった。番組ホームページを見て、原作は浅田次郎と知る。どうりで東京メトロの新中野駅が登場していたわけだ。著者の作品『地下鉄(メトロ)に乗って』も新中野は主要駅だった。原作が浅田次郎ならば読まないという選択肢はない。さっそく図書館から取り寄せる。
以介も僕も近い将来65歳になる。主人公竹脇正一みたいに地下鉄車内で倒れることもあながちないことではない。ごく普通に生まれて、ごく普通に生きてきた(何をもって普通というかはまた難しい問題であるが)僕には正一のような未知なる過去は(たぶん)ない。竹脇正一は、親の顔も知らなければ、名前さえ持っていなかったのである。世間並みに生きてきた僕は、彼と同様の事態に陥ったとき、どのような生死の境を生きるのだろう。この本を読んでそんなことを思った。
以前児童養護施設ではたらく若者たちを取材して動画にする仕事にたずさわったことがある。施設出身の子どもたちがどんな苦労を背負って生きていくのかは筆舌に尽くしがたい。
竹脇正一は孤独な人生から脱却し、家族を得る。だからといって彼がたどってきた過去を拭い去ることはあるまい。そんな孤独な魂を同じ境遇を生きた数少ない仲間たち救う。
浅田次郎にまたやられてしまった。

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