2023年4月23日日曜日

持田叙子編『安岡章太郎短編集』

昭和50年に僕は高校に入学し、「靖国神社の隣にあり」「暗く、重苦しく、陰気な感じのする」校舎に通った。この短編集に収められている「サアカスの馬」は中学生時代に教科書に載っていた。まさか自分がその学校の生徒になるとは思いもしなかった。
ライコウという先生がいた。雷公なのか雷光か、どう表記するかは知らないが、その名のとおり発雷確率の高い社会科の教師だった。本当の名前は(記憶がたしかならば)林三郎である。
ライコウはこの学校に奉職して50年を超えているという。ひとつの学校に大正時代からいたなんてにわかに信じられない。昔の学校制度は詳しくないが、仮に17、8で師範学校か中学校を出て教職に就いたとすると、僕の入学時には70歳くらいだったのではなかろうか。どうしてひとつのそんなに長く学校にいたのか、それもわからない。僕の出身校の前身は東京府立の中学校ではなく、東京市のそれであった。府立の学校にくらべて数の少ない市立中学では異動も少なかったのかもしれない。
ライコウの担当教科は政治経済だった。僕たちの時代は三年生で履修した。社会科というとメインは日本史、世界史、地理で政治経済と二年時に履修する倫理社会は地味な科目だった。ライコウの授業はほぼ教科書通りだったと記憶しているが、脱線することも多かった。余計な話といっても、政治談議や景気の動向なんかでは決してなく、この学校の偉大なる卒業生の話ばかりであった。いろんな卒業生の名前が出てきた。当時はノートに書いたりしていたが、ほとんど忘れている(このノートが現存すればなあと思うが、いまさら持っていても、とも思う)。頻繁に話題になったのはロケット工学者の糸川秀夫である。「諸君の先輩、糸川君は…」などとよく話していたものだ。
ライコウの余談のなかに究極の劣等生、安岡章太郎が登場することはいちどもなかった。これだけはたしかである(記憶は甚だ曖昧であるけれど)。

0 件のコメント:

コメントを投稿