2023年2月17日金曜日

浅田次郎『中原の虹』

肥沃な大地、豊かな鉱物資源。中国東北部、満洲は日清日露戦争後、日本にとって夢のような土地だったに違いない。日本は軍部の独断で侵略を進め、この地に満洲国という傀儡国家をつくる。
終戦(ポツダム宣言受諾)間際に突如として日ソ中立条約を破棄したソ連軍が満洲に侵攻する。とにかく昔から侵攻するのが大好きな国だったのだ。満洲に新天地を求めて移り住んできた日本人の多くがこの侵攻の犠牲になる。楽園の大地は地獄と化した。命からがら、日本にたどり着いた者もいる。家族を失い、孤児となった子どもたちもいる。テレビドラマ化された山崎豊子原作『大地の子』にその悲惨さ、壮絶さが描かれている。作家新田次郎の妻で数学者藤原正彦の母、藤原ていは満洲脱出を記録している。小説『流れる星は生きている』である。終戦後の新京から陸路、朝鮮半島を南下する。映画化した小石栄一監督もその過酷な逃避行を哀しく描いている。満洲は多くの日本人にとってうしろめたく、つらく、かなしい歴史となってしまった。
中原(ちゅうげん)という言葉はこの本に出会うまで知らなかった。黄河の中下流域の平原で中華文明発祥の地であるという。『蒼穹の昴』の主な舞台は中原だったが、この続編の主戦場は東北部になる。
かつて満洲から万里の長城を越えて中原の覇者となった女真族。200年以上続いた大清帝国の末期、中国東北部に張作霖があらわれる。『蒼穹の昴』シリーズに登場する唯一絶対のヒーローだ。かっこいい。かっこよすぎる。
張は清を起こした昔日の女真族のように東北部を平らげ、中原をめざす。時代を隔てたふたつの馬賊の活躍が同時進行的に綴られる。その志「民の平安」はゆるぎない。
『蒼穹の昴』で別れ別れになった者たちが、この物語で再会を果たす。涙を誘うとともに救われた気持ちになる。タイトル『中原の虹』とは生き別れたきょうだいを結ぶ架け橋のことだったのではなかろうか。

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