2026年2月17日火曜日

瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』

里親という制度がある。ある事情で親、あるいは保護者と暮らせない子どもが4万人以上いるという。そのほとんどが児童養護施設で生活する(もう少し小規模で家族的なグループホームもある)が、子どもを預かって育てていいという人がいる。いわゆる里親である。里親になるにはいろいろと(年齢など)条件はあるが、希望するなら児童相談所に問い合せて、研修を受ければたいていの人がなれる。自身、子どもに恵まれなかった人もいれば実子とともに里子を育てている人もいる。
特別養子縁組という制度もある。里親里子の関係ではなく、法的にも親子になる制度だ。ユーチューブこども家庭庁のサイトでこうした事例が紹介されている。動画で見るこれらの親子はいたって明るい。僕みたいに実親でのほほんと育った輩にはちょっと信じ難いところがあるが、自分の知らない世界で自分の知らない家族のカタチがある。いずれにしても多数派である施設の子どもたちは18歳以降、自活しなければならない。大学進学はおろか、アパートを借りるのも困難なことがあるという。新しい家族のカタチがもっと定着してほしいと願ってやまない。
ひょんなことからこの本に出会った。主人公森宮優子には実父水戸を含め、3人の父親がいる。実母は優子が生まれてすぐに亡くなったが、実父の再婚相手梨花がポジティブに主人公を育てる。二度目の父、泉ヶ原は優子をピアノの世界に導く(直接的ではないにせよ)。複雑で何度も苗字を変えた主人公は「新しい家族のカタチ」のなかで、少しは挫折があるものの、のびのびと生きていく。
ネットのレビューには本作品の主人公は優子ではなく、三度目の父である森宮さんではないかとか、優子が育つ道標を用意した二度目の母ではないかという投稿が多くある。まあ、それほど登場人物皆が活躍した物語だ。そして皆が幸せになっていく。本屋大賞に相応しい作品だった。というか、本屋大賞受賞作にはずれはない。

2026年2月14日土曜日

島崎藤村『若菜集』

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開催されている。コルティナは以前にも開催地となっている。そのときはコルチナダンペッツォという表記だったと記憶している。記憶といえばオリンピックの最初の記憶はメキシコ大会であるが、さほど印象に残っていない。道徳の授業でいつも視聴する番組の代わりにメキシコ大会の中継が放映された。
オリンピックの競技をテレビにかじりついて見たのは小学校六年生のときの札幌大会だ。当時のアルペン女王のアンネマリー・モザー=プレルがスイスの伏兵マリー
テレーズ・ナディヒに滑降、大回転の金メダルを奪われ、無冠に終わったこと、三冠をかけた回転でアメリカのコクランが勝ったことなどを憶えている。もちろんジャンプ七十メートル級の金銀銅独占は感動した。
今回の冬季オリンピックを見て思うのは競技数の多さだ。冬の大会といえばスキー。アルペンとノルディック。スケートならフィギュアとスピード、ホッケー。後はボブスレーとリュージュ。そんなものだった。
今はすごいね。以前から競技は増えてきてはいるが、スキーのモーグル、スノーボード、スケートのショートトラックなど。さらに団体戦なども設けられている。カーリングもいつしか人気の話題になっている。目のやり場に困る。どこを見ていいかわからない。
スピードスケートのショートトラックは格闘技のようで偶然性に大きく支配されている。これがスポーツかと思う。モーグルやスノーボードはどこが難しい技なのか、どうやって得点をつけているのかがわからないでいる。
で、結局トラディショナルなノルディック、アルペン、スピードスケート、フィギュアスケートばかりを見ている。
詩集はほとんど読まないが、以前、中原中也を読んだ記憶がある。図書館で朗読のCDを借りて、聴きながら読んだ記憶がある。今回もユーチューブで朗読をさがして音でも楽しみながら読んだ。今更ながら島崎藤村はすぐれた詩人だ。