全国高等学校野球選手権(夏の甲子園)は沖縄県代表の沖縄尚学が西東京代表日大三を決勝で破って初優勝した。
ここ何年か猛暑のせいもあり、高校野球は批判の矢面に立たされる。ひとつは炎天下での熱中症の懸念であったり、ひとりの投手が投球数100を超える負荷の大きさだったりする。五回終了時のグラウンド整備の時間を使ってクーリングタイムという休憩が設けられている。準々決勝、準決勝、決勝の間に休養日も設けられている。今年からはすべての試合ではないが、午前と夕方に試合を行う二部制が導入されている。改革が続いている。
甲子園では決着のつかない名勝負が数多くあった。古くは延長戦は決着するまで無制限だったが、1958年から18回までになった(翌日再試合)。2000年の選抜大会から15回までになり、13年には延長13回からタイブレーク制度が導入され、現在では延長10回からとなっている。タイブレークはタイブレークで批判もあるだろうが、アマチュア野球では普通に行われている制度だったのに高野連はずいぶん消極的だったように思える。MLBでも2020年から導入されている。
コールドゲームがないのも甲子園のローカルルールだ。たいていのアマチュア野球で5回10点差、7回7点差で勝敗を決する。もちろん決勝戦では採用されない。高野連としては各都道府県の決勝戦から先の全国大会だから導入しないというのだろうか。都府県大会を勝ち上がった地区大会では導入されているのに。
もうひとつシードがないのも甲子園ルールである。夏はともかく春はほぼ間違いなく選抜される秋の地区大会の優勝10チームはシードにした方がいい。組合せ抽選でいきなり地区大会優勝校同士の対戦がよくある。下手をすれば明治神宮大会の決勝戦の再戦が一回戦で組まれる可能性だってある。
この本の著者のことはよく知らないが、ネット記事を中心に資料を読みこんでいる人だなという印象である。
2025年8月23日土曜日
2025年6月2日月曜日
鳥越規央『統計学が見つけた野球の真理 最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの』
俊足のスイッチヒッター柴田が出塁する。続くはいぶし銀の二番打者土井。巧みに送りバントを決めると王、長嶋へと打順がまわる。期待が高まる。小学生の頃からこんなシーンを何度も見てきた。これが野球の定石だった。
MLBでは二番打者が送りバントをすることは滅多にない。得点期待値というデータがある。特定のアウトカウントと走者の状況でその回にどれだけの得点が見込まれるかを統計的に数値化したものだ。過去のNPBのデータによれば無死一塁と一死二塁では無死一塁の方が得点期待値が大きい。送りバントは有効なプレーではないのである。
かつて二番打者は先頭打者として出塁した走者をスコアリングポジションに送る使命があった。送りバントをしたり、走者の背後にゴロを打って進塁させるのが仕事だった。あらゆる局面で数値化された今の野球で二番打者は走者がいればチャンスを広げ、あるいは得点に結びつけ、走者がいなければ自らが(できれば)長打でチャンスメイクしなければならない。各チームの最強打者を二番に据えるのが今や定石となっている。
打者の評価基準は古くから打率、本塁打数、打点だったが、近年では出塁率+長打率の合計であるOPSが注目されている。出塁率が高いということはアウトにならないということだし、長打率が高いということはチャンスをつくったり、広げることに貢献する。投手も5~6回を100球くらいで投げ切るスタイルに変わってきている。勝利数よりもクォリティスタート(QS)といって、6回を3失点で抑えることが投手の評価基準になっている。
そろそろ高校野球の季節である。犠牲バントをしないチームや複数の投手で継投するチームも以前より増えたものの、負ければ終わりのトーナメント戦で無死一塁を一死二塁にする作戦や頼れるエースに試合を託すスタイルは今もなお甲子園ではよく見かける風景だ。
セイバーメトリクスは高校野球にも浸透していくのだろうか。
MLBでは二番打者が送りバントをすることは滅多にない。得点期待値というデータがある。特定のアウトカウントと走者の状況でその回にどれだけの得点が見込まれるかを統計的に数値化したものだ。過去のNPBのデータによれば無死一塁と一死二塁では無死一塁の方が得点期待値が大きい。送りバントは有効なプレーではないのである。
かつて二番打者は先頭打者として出塁した走者をスコアリングポジションに送る使命があった。送りバントをしたり、走者の背後にゴロを打って進塁させるのが仕事だった。あらゆる局面で数値化された今の野球で二番打者は走者がいればチャンスを広げ、あるいは得点に結びつけ、走者がいなければ自らが(できれば)長打でチャンスメイクしなければならない。各チームの最強打者を二番に据えるのが今や定石となっている。
打者の評価基準は古くから打率、本塁打数、打点だったが、近年では出塁率+長打率の合計であるOPSが注目されている。出塁率が高いということはアウトにならないということだし、長打率が高いということはチャンスをつくったり、広げることに貢献する。投手も5~6回を100球くらいで投げ切るスタイルに変わってきている。勝利数よりもクォリティスタート(QS)といって、6回を3失点で抑えることが投手の評価基準になっている。
そろそろ高校野球の季節である。犠牲バントをしないチームや複数の投手で継投するチームも以前より増えたものの、負ければ終わりのトーナメント戦で無死一塁を一死二塁にする作戦や頼れるエースに試合を託すスタイルは今もなお甲子園ではよく見かける風景だ。
セイバーメトリクスは高校野球にも浸透していくのだろうか。
2025年5月21日水曜日
ロバート・ホワイティング『なぜ大谷翔平はメジャーを沸かせるのか』
東京六大学野球は春秋のリーグ戦終了後、トーナメントによる新人戦が行われる。
2011年春の新人戦準決勝立教明治戦を神宮球場で観戦していた。2対2で迎えた8回裏、明治は逆転に成功する。なおも満塁でバッターはこの回から救援でマウンドに上がった岡大海。倉敷商のエースとして二度甲子園に出場している。ここは代打だろうと思って見ていたが、そのまま打席に立ち、なんと満塁ホームランを打ってしまったのだ。
岡は2年の秋からリーグ戦で登板するようになった。対慶應二回戦で救援し初勝利を上げている。3年の春には代打で登場し、そのままマウンドに上がったこともあった。四回戦までもつれ込んだ対早稲田戦では四試合に野手で先発し、全試合に救援投手として登板している。打者としては3ランホームランを含む8安打7打点と活躍する(最後は救援で失敗し早稲田に勝ち点を与えてしまうのだが)。
岡が投打で活躍した12年の秋、花巻東の大谷翔平がドラフト会議で日本ハムから一位指名を受ける。栗山英樹に説得され、入団を決意する。この騒ぎの中で「二刀流」という新たな野球用語が定着していく。過去、MLBにもNPBにも投手として打者として活躍した選手はいたが、どちらも主力として持続的にプレーするスタイルはなかったはずだ。
岡は4年生になってからは打者に専念する(一度だけ大差の試合で登板しているが)。日米大学野球にも出場している。13年のドラフト会議で奇しくも日本ハムから三位指名を受ける。二刀流としてではなく、野手として。その後ロッテに移籍し、俊足と勝負強いバッティングは健在だ。
時折ブルペンで投げる大谷を見るとファーストミットをグラブに変えてマウンドに向かう岡を思い出す。
ロバート・ホワイティングが大谷について書いているが、この本は時期尚早な感がある。メジャーで7年を過ごした大谷を彼は今ならどう評価し、どう書くだろうか。新作を楽しみにしている。
2011年春の新人戦準決勝立教明治戦を神宮球場で観戦していた。2対2で迎えた8回裏、明治は逆転に成功する。なおも満塁でバッターはこの回から救援でマウンドに上がった岡大海。倉敷商のエースとして二度甲子園に出場している。ここは代打だろうと思って見ていたが、そのまま打席に立ち、なんと満塁ホームランを打ってしまったのだ。
岡は2年の秋からリーグ戦で登板するようになった。対慶應二回戦で救援し初勝利を上げている。3年の春には代打で登場し、そのままマウンドに上がったこともあった。四回戦までもつれ込んだ対早稲田戦では四試合に野手で先発し、全試合に救援投手として登板している。打者としては3ランホームランを含む8安打7打点と活躍する(最後は救援で失敗し早稲田に勝ち点を与えてしまうのだが)。
岡が投打で活躍した12年の秋、花巻東の大谷翔平がドラフト会議で日本ハムから一位指名を受ける。栗山英樹に説得され、入団を決意する。この騒ぎの中で「二刀流」という新たな野球用語が定着していく。過去、MLBにもNPBにも投手として打者として活躍した選手はいたが、どちらも主力として持続的にプレーするスタイルはなかったはずだ。
岡は4年生になってからは打者に専念する(一度だけ大差の試合で登板しているが)。日米大学野球にも出場している。13年のドラフト会議で奇しくも日本ハムから三位指名を受ける。二刀流としてではなく、野手として。その後ロッテに移籍し、俊足と勝負強いバッティングは健在だ。
時折ブルペンで投げる大谷を見るとファーストミットをグラブに変えてマウンドに向かう岡を思い出す。
ロバート・ホワイティングが大谷について書いているが、この本は時期尚早な感がある。メジャーで7年を過ごした大谷を彼は今ならどう評価し、どう書くだろうか。新作を楽しみにしている。
2025年5月17日土曜日
ロバート・ホワイティング『野茂英雄ーー日本野球をどう変えたか』
ロバート・ホワイティングの本を読んでいるのには理由があって(以前にも書いたと思うが)、3月に行われたとあるパーティーで本人をお見かけしたのである。氏を知っているわけではなく、その友人である故松井清人氏を知っていた。ご近所さんであった。清人氏とは歳も離れていたのでほぼ面識はないのだが、清人氏の母上とはときどき会話を交わしたし、僕の母とも親しかった。そんなこんなでホワイティング氏に声をかけ、翻訳家の松井みどりさんのご主人の実家の近所に住んでいた者です、などとややこしい挨拶でもしたかったのである。
とはいえ、氏の著作を読んだ記憶がない。この本を以前楽しく読ませていただきました、つきましては...と声をかけるのがいいに決まっている。読んでもいないのにいきなり、翻訳家の方と、これこれこういう繋がりがありまして、ではちょっとかっこ悪い。でもまあ、そのうちまたお目にかかれる機会もあるかもしれない。そのときに著書を何冊か拝読しましたとスムースに挨拶できるように読んでおこうと思ったのだ。
ホワイティング氏はMLBの生き字引みたいな人で一人ひとりのプレーヤーをきちんと見ている。多くの日本人メジャーリーガーに厳しい目を向けながらも、野茂、イチロー、松井秀喜、井口資仁を評価している(もちろん厳しく見るところもある)。とりわけ開拓者である野茂には好意的で同じ考えを持っている僕は大いに共感できるのだ。野茂が日本プロ野球にノーを突きつけ海を渡らなければ、後に続く日本人メジャーリーガーは生まれなかった。著者は野茂の野球殿堂入りの議論さえ掲載している。反論も多いが、これは過度の期待を持たせないためという意図が感じられる。おそらく彼に投票権があれば間違いなくイエスと答えるかのようだ。
さて、読み終わって、いつも通り読書メーターに登録しようとした。そこでようやく気付く。2019年に僕はこの本を読んでいたのである。
とはいえ、氏の著作を読んだ記憶がない。この本を以前楽しく読ませていただきました、つきましては...と声をかけるのがいいに決まっている。読んでもいないのにいきなり、翻訳家の方と、これこれこういう繋がりがありまして、ではちょっとかっこ悪い。でもまあ、そのうちまたお目にかかれる機会もあるかもしれない。そのときに著書を何冊か拝読しましたとスムースに挨拶できるように読んでおこうと思ったのだ。
ホワイティング氏はMLBの生き字引みたいな人で一人ひとりのプレーヤーをきちんと見ている。多くの日本人メジャーリーガーに厳しい目を向けながらも、野茂、イチロー、松井秀喜、井口資仁を評価している(もちろん厳しく見るところもある)。とりわけ開拓者である野茂には好意的で同じ考えを持っている僕は大いに共感できるのだ。野茂が日本プロ野球にノーを突きつけ海を渡らなければ、後に続く日本人メジャーリーガーは生まれなかった。著者は野茂の野球殿堂入りの議論さえ掲載している。反論も多いが、これは過度の期待を持たせないためという意図が感じられる。おそらく彼に投票権があれば間違いなくイエスと答えるかのようだ。
さて、読み終わって、いつも通り読書メーターに登録しようとした。そこでようやく気付く。2019年に僕はこの本を読んでいたのである。
2025年5月3日土曜日
ロバート・ホワイティング『野球はベースボールを超えたのか』
子どもの頃、プロ野球は巨人を応援していた。いつの頃からかそんなにファンではなくなっていた。FAで移籍して来る大物選手たちに辟易したのかもしれない。
今は特定の球団を応援するというより、かつて注目していた選手を追いかけるといった見方をしている。アマチュア時代に神宮で見た阪神の坂本誠志郎、糸原、大竹耕太郎、熊谷、ロッテの岡大海、中村奨吾、小島、楽天の早川、ソフトバンクの有原、日ハムの郡司、山﨑福也、清宮、広島の森下、ヤクルトの茂木、矢崎などなど。奥川も高校時代神宮で見ている。神宮では見なかったが、保土ヶ谷球場で阪神の森下も見た。これらの選手が出場する試合をテレビ観戦することもある。特定の球団のファンではないから、たまたま中継している試合を見るのである。毎朝新聞をひろげて、気になる選手の成績を見る。昨日の郡司君は2安打かあ、などとにんまりしたりする。要するに今ではその程度のプロ野球ファンなのである。
この本は2006年、今から20年近く前に出版されている。その頃から著者ホワイティングは日本のプロ野球を憂いていたのだなあ。NPBの球団は企業として自立していない。大企業の名をチーム名に付けている。野球をしながら広告もしている。野球のための経営と広告のための経営がごっちゃになっている。このことがMLBでは考えられない日本プロ野球の特徴である。ヤクルトが東京ヤクルト、日本ハムが北海道日本ハムになるなど本拠地を併記したチーム名に変えた球団もあるが、まだまだスポンサー名にしがみついているのが現状だ。マイナーチームも複数持つ球団もあるが、ほとんどがひとつ。
概して言えば、日本のプロ野球は成熟することなく大人になってしまった子どものように思えてならない。
ここ20年でよかったと思うのはエスコンフィールドHOKKAIDOができたことか。クラシックパークもいいけれど、一度ここで観戦したい。
今は特定の球団を応援するというより、かつて注目していた選手を追いかけるといった見方をしている。アマチュア時代に神宮で見た阪神の坂本誠志郎、糸原、大竹耕太郎、熊谷、ロッテの岡大海、中村奨吾、小島、楽天の早川、ソフトバンクの有原、日ハムの郡司、山﨑福也、清宮、広島の森下、ヤクルトの茂木、矢崎などなど。奥川も高校時代神宮で見ている。神宮では見なかったが、保土ヶ谷球場で阪神の森下も見た。これらの選手が出場する試合をテレビ観戦することもある。特定の球団のファンではないから、たまたま中継している試合を見るのである。毎朝新聞をひろげて、気になる選手の成績を見る。昨日の郡司君は2安打かあ、などとにんまりしたりする。要するに今ではその程度のプロ野球ファンなのである。
この本は2006年、今から20年近く前に出版されている。その頃から著者ホワイティングは日本のプロ野球を憂いていたのだなあ。NPBの球団は企業として自立していない。大企業の名をチーム名に付けている。野球をしながら広告もしている。野球のための経営と広告のための経営がごっちゃになっている。このことがMLBでは考えられない日本プロ野球の特徴である。ヤクルトが東京ヤクルト、日本ハムが北海道日本ハムになるなど本拠地を併記したチーム名に変えた球団もあるが、まだまだスポンサー名にしがみついているのが現状だ。マイナーチームも複数持つ球団もあるが、ほとんどがひとつ。
概して言えば、日本のプロ野球は成熟することなく大人になってしまった子どものように思えてならない。
ここ20年でよかったと思うのはエスコンフィールドHOKKAIDOができたことか。クラシックパークもいいけれど、一度ここで観戦したい。
2025年4月20日日曜日
ロバート・ホワイティング『メジャーリーグとても信じられない話』
先月、とある方の出版記念トークショーがあり、動画とか写真の撮影を頼まれた。前半はディナーで後半がトークショー。はやめに食事を済ませ、カメラのセッティングをしていた。何人かスピーチしていた。アメリカ人がマイクの前で何か喋っていた。あまりよく聞いてはいなかったが、その人の名がロバート・ホワイティングというのだけが気になっていた。どこかで聞いたか見たかした名前だなと。1時間半ほど写真を撮り、トークショーも終わりかけていた頃になってようやく思い出した。野球の本を多く書いてる人だと。
ロバート・ホワイティングの名前を知ったのは少し複雑である。
僕の実家の目の前に大きな家具店があり、勉学優秀な長男がいた。大学卒業後Bという出版社で活躍する。家具点を継いだのは次男だった。その長男の話をCという出版社に勤務する友人川口洋次郎に話したところ(同じ業界だからもちろん知っていた)「その人の連れ合いは翻訳家で俺が担当していた」という。その名は松井みどり。
みどりさんは「川口さん、横浜までわざわざ原稿を取りに来なくても書き終えたら夫に渡しますから、Bで受け取ってください」と言ったという。それから川口は原稿ができると電話をもらって、麹町のBに取りに行ったという。そんなこんなで僕は松井みどりという翻訳家を知り、どんな訳書があるのだろうと調べて、ロバート・ホワイティングにたどり着いたのである。
それからしばらく、ロバート・ホワイティングは僕のなかでほったらかしにされていた。それが先月のとある出版記念パーティーでふと思い出されたのである。
野茂英雄以降、多くの日本人プロ野球選手が海を渡った。普通の野球ファンとしてテレビ中継はよく見ているが、MLBの歴史は深い。下手をすればアメリカ合衆国より歴史と伝統がある。もっとはやく読んでおけばよかった。
この本は翻訳者の夫、家具店の長男にすすめられて書いたということらしい。
ロバート・ホワイティングの名前を知ったのは少し複雑である。
僕の実家の目の前に大きな家具店があり、勉学優秀な長男がいた。大学卒業後Bという出版社で活躍する。家具点を継いだのは次男だった。その長男の話をCという出版社に勤務する友人川口洋次郎に話したところ(同じ業界だからもちろん知っていた)「その人の連れ合いは翻訳家で俺が担当していた」という。その名は松井みどり。
みどりさんは「川口さん、横浜までわざわざ原稿を取りに来なくても書き終えたら夫に渡しますから、Bで受け取ってください」と言ったという。それから川口は原稿ができると電話をもらって、麹町のBに取りに行ったという。そんなこんなで僕は松井みどりという翻訳家を知り、どんな訳書があるのだろうと調べて、ロバート・ホワイティングにたどり着いたのである。
それからしばらく、ロバート・ホワイティングは僕のなかでほったらかしにされていた。それが先月のとある出版記念パーティーでふと思い出されたのである。
野茂英雄以降、多くの日本人プロ野球選手が海を渡った。普通の野球ファンとしてテレビ中継はよく見ているが、MLBの歴史は深い。下手をすればアメリカ合衆国より歴史と伝統がある。もっとはやく読んでおけばよかった。
この本は翻訳者の夫、家具店の長男にすすめられて書いたということらしい。
2024年4月5日金曜日
川端康成『山の音』
ドジャースに移籍した大谷翔平。オープン戦は好成績をマークし、期待は膨らむばかりだった。
開幕してみると一番バッターのベッツが絶好調であるせいもあり、大谷が本調子には見えないのである。ヒットは一日に1本か2本。なによりもホームランが打てていない。まるでこの春の選抜高校野球から採用された低反発バットを使っているようだ。何億という莫大な年俸をもらいながら、平凡な記録でシーズンを終えたらこれまでの賞賛が非難の声に変わる。そんなことまで心配してしまう。
常勝球団に移籍したことがプレッシャーになっているのではないかとも思う。これまでは(失礼な話だが)勝てば儲けもの、みたいなチームに所属していた。今年は違う。勝たなければいけないチームの一員であり、主力なのである。もちろんその程度の環境の変化で押しつぶされる選手ではないとは思うが、これだけ打てないと邪推もはたらく。単なる通訳以上のパートナーだった水原一平の事件もある。野球には集中していると本人は取材に応えているようだが、尋常でない金額を最も信頼していた男から騙し取られたとなれば、本当に大丈夫なの、と思ってしまう。
と、ずっと心配していたドジャースタジアムでの開幕シリーズ。チームは好調で勝ち星を重ねながらも、打てない大谷が気がかりでならなかった。
4月3日(日本時間4日)、開幕41打席目にしてついに今季初アーチ。
うれしかった。
成瀬巳喜男監督の「山の音」を観たのは10年近く前になる。
戦後の混乱がようやく収まりつつある時代。鎌倉のある一家の舅と嫁の心の交流が描かれている。この構図には既視感があった。小津安二郎の「東京物語」でも舅と戦死した次男の嫁が心を通わせる。奇しくも嫁役は原節子である。映画の公開は「東京物語」が一年はやいが、脚本執筆時に小津は『山の音』を意識していたのかもしれない。
映画を観て、原作を読みたいと思った。ようやく読み終えた。
開幕してみると一番バッターのベッツが絶好調であるせいもあり、大谷が本調子には見えないのである。ヒットは一日に1本か2本。なによりもホームランが打てていない。まるでこの春の選抜高校野球から採用された低反発バットを使っているようだ。何億という莫大な年俸をもらいながら、平凡な記録でシーズンを終えたらこれまでの賞賛が非難の声に変わる。そんなことまで心配してしまう。
常勝球団に移籍したことがプレッシャーになっているのではないかとも思う。これまでは(失礼な話だが)勝てば儲けもの、みたいなチームに所属していた。今年は違う。勝たなければいけないチームの一員であり、主力なのである。もちろんその程度の環境の変化で押しつぶされる選手ではないとは思うが、これだけ打てないと邪推もはたらく。単なる通訳以上のパートナーだった水原一平の事件もある。野球には集中していると本人は取材に応えているようだが、尋常でない金額を最も信頼していた男から騙し取られたとなれば、本当に大丈夫なの、と思ってしまう。
と、ずっと心配していたドジャースタジアムでの開幕シリーズ。チームは好調で勝ち星を重ねながらも、打てない大谷が気がかりでならなかった。
4月3日(日本時間4日)、開幕41打席目にしてついに今季初アーチ。
うれしかった。
成瀬巳喜男監督の「山の音」を観たのは10年近く前になる。
戦後の混乱がようやく収まりつつある時代。鎌倉のある一家の舅と嫁の心の交流が描かれている。この構図には既視感があった。小津安二郎の「東京物語」でも舅と戦死した次男の嫁が心を通わせる。奇しくも嫁役は原節子である。映画の公開は「東京物語」が一年はやいが、脚本執筆時に小津は『山の音』を意識していたのかもしれない。
映画を観て、原作を読みたいと思った。ようやく読み終えた。
2023年3月23日木曜日
夏目漱石『二百十日・野分』
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、日本代表は決勝戦でアメリカを降し、2009年以来、三度目の世界一に輝いた。大谷翔平をはじめ、どの選手も一定以上の活躍をした結果である。
鈴木誠也が欠場したのは残念だったが、近藤健介がその穴を埋めた。誠也が出場していたら、それほどまで活躍できなかったかもしれない。村上宗隆も見事に復活し、吉田正尚も岡本和真もコンスタントに働いた。決勝トーナメントで当たりが止まったけれど、ラーズ・ヌートバーは予選突破の立役者になった。それでもいちばんプレッシャーを感じたのは監督の栗山英樹だろう。決勝戦の継投は見事だったが、高橋宏斗や大勢が走者を背負った場面の心境や如何にといったところだ。この試合だけは栗山英樹に大いに感情移入した。
鈴木誠也が欠場したのは残念だったが、近藤健介がその穴を埋めた。誠也が出場していたら、それほどまで活躍できなかったかもしれない。村上宗隆も見事に復活し、吉田正尚も岡本和真もコンスタントに働いた。決勝トーナメントで当たりが止まったけれど、ラーズ・ヌートバーは予選突破の立役者になった。それでもいちばんプレッシャーを感じたのは監督の栗山英樹だろう。決勝戦の継投は見事だったが、高橋宏斗や大勢が走者を背負った場面の心境や如何にといったところだ。この試合だけは栗山英樹に大いに感情移入した。
テレビで観た全試合のうち、いちばん印象に残ったのは、準決勝メキシコ戦8回裏に犠牲フライを打って4点目をあげた山川穂高だ。この1点がなければ9回裏の逆転劇は生まれなかったかもしれない。出番は少なかったが、山川はいい仕事をしたと思う。
夏目漱石の初期の中編「二百十日」と「野分」を読む。熊本を舞台にした「二百十日」は戯曲のような会話主体の小説である。あまり多くを読まない僕にはよくわからないが漱石の作品にしてはめずらしいのではないだろうか。
嵐の最中、阿蘇に登るふたり、圭さんと碌さん。圭さんの実家は豆腐屋だという。豆腐屋といえば、中国東北部の馬賊張景恵を思い起こす。最近、浅田次郎の『中原の虹』を読んだばかりだからだ。
漱石の小説にはたびたびめんどくさい人が登場する。『虞美人草』の藤尾、『それから』の代助、『門』の宗助のように。「野分」にも高柳、白井道也と、ふたりもめんどくさい人物が出てくる。あまり人のことは言えないが、めんどくさい人はめんどくさいからきらいだ。
そうそう、果敢に盗塁を成功させた山田哲人も今大会では忘れらない選手のひとりである。
2022年8月15日月曜日
太宰治『惜別』
8月もあっという間に半ばに差しかかり、甲子園もいよいよ三回戦。
先日、友人の四日市俊介が早朝の東海道新幹線に乗って観戦に行ったという。3年前、すなわち新型コロナ感染拡大以前にはよく野球の試合を観に行ったが、最近はとんとご無沙汰である。調べてみると最後に観た試合は2019年の明治神宮野球大会。高校の部準決勝、中京大中京対天理である。翌年春の都大会はまだ感染拡大防止のためのルールづくりが決められていなかったので観戦することはできたのだが、私的に都合がつかないまま、緊急事態宣言が発出されたのである。
先日、友人の四日市俊介が早朝の東海道新幹線に乗って観戦に行ったという。3年前、すなわち新型コロナ感染拡大以前にはよく野球の試合を観に行ったが、最近はとんとご無沙汰である。調べてみると最後に観た試合は2019年の明治神宮野球大会。高校の部準決勝、中京大中京対天理である。翌年春の都大会はまだ感染拡大防止のためのルールづくりが決められていなかったので観戦することはできたのだが、私的に都合がつかないまま、緊急事態宣言が発出されたのである。
さて、今夏の甲子園。注目は当然、大阪桐蔭である。昨秋近畿大会(大阪府予選も含めて)優勝、明治神宮大会優勝そして今春の選抜大会も優勝。春季近畿大会は決勝で智辨和歌山に敗れたものの、ここまで公式戦の負けはこれだけ。このまま夏を征すれば、1998年松坂大輔がいた横浜以来の秋春夏連覇となる(ちなみに横浜は春季関東大会も優勝していて、公式戦無敗だった)。
「巨人の星」と「あしたのジョー」は少年時代の愛読漫画だった。原作は梶原一騎、高森朝雄(これは同一人物である)で作画は川崎のぼる、ちばてつやだった。ここのところ暇があると太宰治ばかりを読んでいる。先日『お伽草子』を読みなおしてみて、太宰という小説家はある意味、劇画家ではないかと思った。もちろん自分のオリジナル作品も多く書いているが、原作を与えられて自分なりに解釈を加え、脚色することで俄然おもしろい作品にしてしまうすぐれた能力を持っている。自身の原作だとどうしても身のまわりの日常や思い出にとどまってしまう。それはそれでおもしろいのではあるけれど、原作に対して作画することで彼の語り部としての才能が遺憾なく発揮される。
「右大臣実朝」をはじめて読んだ。なかなかの力作である。やはり劇画家として書いた「走れメロス」が今だに読み継がれているのがわかる気もする。
2022年4月23日土曜日
太宰治『ヴィヨンの妻』
先月、三鷹を訪ねた。
太宰治ゆかりの跨線橋を渡って、国鉄武蔵野競技場線廃線跡を歩いたのである。三鷹駅と武蔵野競技場前駅を結ぶこの路線は、中島飛行機武蔵工場の引込線を利用して1951年に開業した。電化単線、全長3.2キロ。中央線の支線だった。
その年、武蔵野グリーンパーク野球場が終点武蔵野競技場前駅近くに完成した。当時、首都圏で開催されるプロ野球の試合のほとんどは後楽園球場を利用していた。明治神宮野野球場は進駐軍に接収されていたため、前年から2リーグ制がはじまったにもかかわらず、球場不足は否めなかったのである。そこで建設されたのが武蔵野グリーンパーク野球場だった。グリーンパークという名前はこのあたりを接収していた米軍がそう呼んでいたことによるらしい。
5万人を収容できる本格的な球場だったが、都心から離れていたことや突貫工事のため芝の育成が不十分だったこともあり、砂塵に悩まされるといった問題もあった。そしてその翌年には神宮球場の接収が解除され、都心に近い川崎球場、駒沢球場ができたことで武蔵野グリーンパーク野球場は51年にプロ野球16試合が行われただけで翌年には武蔵野競技場線も休止。野球場は56年に解体され、鉄道路線は59年に廃止された。
太宰の跨線橋を渡って駅の北側に出ると、線路があったと思われる曲線部が公園になっている。さらに進んで玉川上水を越えるぎんなん橋にはレールが埋め込まれている。かつての国鉄飯田町駅があった飯田橋アイガーデンテラスでも見たことがある。失われた鉄路のモニュメントが遺されるのはいいことだ。戦後間もない頃の野球少年の夢を乗せた電車が(あまりにも短い期間ではあったが)通り過ぎていったのだなどと思いながら野球場跡地まで歩いた。
新潮文庫『ヴィヨンの妻』を読む。昔読んだことはすっかり忘れている。太宰の、死と向き合う小説より、生を生きる活力ある小説が好きだ。
2021年7月6日火曜日
ねじめ正一『落合博満論』
左足を三塁方向に踏み出して、身体は投手とやや正対するような構えで投球を待ち、やわらかく、それでいて鋭くバットを振り抜く。その打ち方は評論家がしばしば言う「身体が開く」打ち方であまり効率的な打法ではない。それでも落合が右に左にセンターにヒットやホームランを量産できたのは右足に体重を残して、スイングの軸にしていたからではないか。身体を開くことで内角も外角もふところを深くして待つことができる。基本はセンター方向に打ち返す。結果、内角に来たボールはレフト方向に、外角のボールはライト方向に素直に打ち返される。
落合博満のバッティングを僕はこのように見ていた。もちろん僕は本格的に野球をやったことはない。あくまでひとりの野球ファンとしての見解である。
落合博満のバッティングを僕はこのように見ていた。もちろん僕は本格的に野球をやったことはない。あくまでひとりの野球ファンとしての見解である。
小学校の頃、クラスの男子の大半は巨人ファン。なかでも圧倒的な人気を誇ったのが長嶋茂雄である。三塁手で四番打者で背番号3を希望する者が多かった。長嶋のバッティングフォームや守備をまねる者も多かった。1960年代の終わり頃から70年代にかけて、長嶋茂雄は打点王を続け、存在感はあったものの、打率、本塁打では翳りが見えはじめていた。それでも71年に最後の首位打者になったときは、やっぱり長嶋だと熱狂したのをおぼえている。
落合博満も長嶋ファンだったという。60年代の長嶋全盛期を目にしてきたに違いない。華やかな球歴を持ち、常勝チームの一員としてスター街道を歩んできた長嶋と当時の野球文化(あるいは野球部文化といってもいいかもしれない)になじめなかった落合とではその出自は異なるが、野球というスポーツの本質、チームとして勝敗を決する競技であることを十分すぎるほど知っていた。そのことは監督としての落合を見るとよくわかる。長嶋を日本一にした落合は、自らも日本一のチームを率いたいと思ったのだろう。
それにしても落合のバッティングフォームは長嶋のそれによく似ていた。
2021年1月15日金曜日
伊坂幸太郎『あるキング』
昨年はいちども野球を観戦しなかった。少なくともここ20年、いや30年、40年でも例のないことだ。
野球を観るもなにも試合が行われなかったのだから観に行きようもなかったし、開催された試合の多く(観たい試合の多く)は無観客で行われた。
東京六大学野球春のリーグ戦は8月に開催された。一回戦総当たり、観客は3,000人までだった。秋のリーグ戦は二回戦までで勝ち点ではなくポイント制で行われた。観客の上限は5,000人。行こうと思えば行けた神宮ではあるが、どちらかというと土日よりも勝ち点をかけた三回戦の月曜日に仕事をさぼって観るのが好きなので結局出かけることはなかった。
高校野球はセンバツも選手権も中止になり、独自大会と呼ばれる東西東京大会が開催された。春季大会も中止になったので、昨秋デビューした球児たちはいきなりの引退試合となった。秋季大会は予定通り開催されたけれどブロック予選から無観客試合になった。予選は当番校のグラウンドで行われるのだが、これも無観客。これまで多くのグラウンドを見てきた。特に西東京の郊外にある私立高校のグラウンドでのんびり観戦するのが好きだった。
無観客の大会に限らずテレビで中継される試合は大がかりな応援などもなく、打球音と拍手だけのシンプルな構成である。これはこれで野球の楽しみが感じられていい。
伊坂幸太郎は人気のある作家のようだが、これまで読んだことはなかった。例の、角田光代のおすすめとしてページをめくってみた。
架空の地方都市の架空のプロ野球チームという想定である。よく少年漫画などではありそうな設定ではあるが、小説となるとなかなか難しいものがある。書き手の力量が問われるテーマだ。まあ、架空の野球選手の話なので、打てばホームランということでもけっこうなのだが、あまりにも突拍子もない選手の出現がまるでおとぎ話のようである。
さて、現実の、今年の野球ははたしてどうなるのか。
2020年9月2日水曜日
広岡達郎『プロ野球激闘史』
はじめてプロ野球の試合を観たのは小学校2年のときだった。神宮球場の外野芝生席。たしかライト側のスタンドだった。王貞治がホームランを打ってくれたらいいなと思いながら、産経アトムズ対読売ジャイアンツ戦を観た。王はホームランを打たなかったけれど、森昌彦が大きな飛球を放った。すぐ近くのスタンドで大きくバウンドした。ファールボールだった。
巨人の遊撃手は黒江透修だった。広岡達郎はすでに引退していた。「王金田広岡」という駄洒落のなかでしか存在しない選手だった。金田正一はその何年か前に巨人に移籍していた。国鉄スワローズ時代の金田を僕は知らない。
野球は守備さえしっかりしていれば0対0で延々と続く競技である。すべてのボールを打ち返せる打者はまずいない。苦手とするところに投手が投げ込んでいれば、得点される可能性は限りなく低い。物理的にはそうなのだが、実際にプレーするのは人間だから、人的要因でミスが出る。その結果、一定の割合で安打が生まれ、チャンスが生まれ、守る側からするとピンチを迎える。いくら練習しても対応できない精神的な状況に追い込まれる。野球のおもしろさは(たいていのスポーツがそうであるように)、気持ちを安定させ続けることが困難な人間が主体であるところにある。
広岡達郎の野球解説や指導者としての理論は、おそらく人間の精神を超越した境地にまで高めていく、いわば野球道のようなものではないかと想像する。当たり前のことを当たり前にこなして、アウトを27個重ねる。その間にどちらかが当たり前のことをしそこなう。このときはじめて試合が動きだす。
非常にストイックな野球の見方ではあるけれど、スポーツのきびしさ、楽しみ方を教えてくれたのは広岡ではないかと僕は思っている。
そういえば1980年代、早稲田に広岡という遊撃手がいて、いちど六大学リーグ戦で首位打者を獲ったことがある。たしか広岡達郎の甥だったと思う。
巨人の遊撃手は黒江透修だった。広岡達郎はすでに引退していた。「王金田広岡」という駄洒落のなかでしか存在しない選手だった。金田正一はその何年か前に巨人に移籍していた。国鉄スワローズ時代の金田を僕は知らない。
野球は守備さえしっかりしていれば0対0で延々と続く競技である。すべてのボールを打ち返せる打者はまずいない。苦手とするところに投手が投げ込んでいれば、得点される可能性は限りなく低い。物理的にはそうなのだが、実際にプレーするのは人間だから、人的要因でミスが出る。その結果、一定の割合で安打が生まれ、チャンスが生まれ、守る側からするとピンチを迎える。いくら練習しても対応できない精神的な状況に追い込まれる。野球のおもしろさは(たいていのスポーツがそうであるように)、気持ちを安定させ続けることが困難な人間が主体であるところにある。
広岡達郎の野球解説や指導者としての理論は、おそらく人間の精神を超越した境地にまで高めていく、いわば野球道のようなものではないかと想像する。当たり前のことを当たり前にこなして、アウトを27個重ねる。その間にどちらかが当たり前のことをしそこなう。このときはじめて試合が動きだす。
非常にストイックな野球の見方ではあるけれど、スポーツのきびしさ、楽しみ方を教えてくれたのは広岡ではないかと僕は思っている。
そういえば1980年代、早稲田に広岡という遊撃手がいて、いちど六大学リーグ戦で首位打者を獲ったことがある。たしか広岡達郎の甥だったと思う。
2019年11月23日土曜日
岸本佐和子『ひみつのしつもん』
神宮第二球場が取り壊される。主に高校野球の公式戦に使用されることが多かったため、高校球児の聖地などと新聞などに書かれていたが、実際はただのポンコツ野球場である。
人工芝はお隣、神宮球場のお古が敷かれているという。実際にグラウンドに立ってみたことはないけれど、観客席から見る限り、緑色のゴム製シートを貼ってあるだけに見える。そのグリーンもところどころ(というかかなり)剥げてしまって、黒いゴムの下地のようなものが見えている。一般に想像される芝というテクスチャーもほぼなくなっているのか、雨上がりの試合ではあっちですってんころりん、こっちですってんころりんと守備についた選手がすべって転ぶ。最近では雨が降った降らないにかかわらずすべっている選手を見かける。あんまりじゃないか。
さらにこの球場は狭い。日本の国土がそもそも狭いうえ、港区新宿区渋谷区に囲まれ、まさに都会の真ん中に位置しているのだから、狭いのは仕方ない。同じ広さのマンションが買えるかと言われたら、返事に窮する。夏の西東京大会などで使用される郊外の球場は地の利を活かしてか、それなりの広さがある。東東京の球場でも江戸川球場、大田スタジアムなどはまあまあ広い。金持であることと尊敬されることが違うように、球場は広さだけではないとは思うけれど、狭い球場は狭いだけでちょっと残念である。強いて言えば、観客席のシートとその間隔が少し広い。どうでもいいことかもしれないが、これは唯一、神宮第二球場が誇れる美点であろう。
岸本佐和子のエッセーは『なんらかの事情』『ねにもつタイプ』に続いて三冊目。もの忘れだとか子どもの頃の話なんか歳が近いせいかみしみしと沁みてくる。発想や着眼点のユニークさは翻訳家ならでは、という感じがする。あたたかいか寒いかは別にして、懐が深い。
こんなポンコツ野球場、とっとと壊してしまえばいいと思っているのに、なぜだろう、この寂しさは。
人工芝はお隣、神宮球場のお古が敷かれているという。実際にグラウンドに立ってみたことはないけれど、観客席から見る限り、緑色のゴム製シートを貼ってあるだけに見える。そのグリーンもところどころ(というかかなり)剥げてしまって、黒いゴムの下地のようなものが見えている。一般に想像される芝というテクスチャーもほぼなくなっているのか、雨上がりの試合ではあっちですってんころりん、こっちですってんころりんと守備についた選手がすべって転ぶ。最近では雨が降った降らないにかかわらずすべっている選手を見かける。あんまりじゃないか。
さらにこの球場は狭い。日本の国土がそもそも狭いうえ、港区新宿区渋谷区に囲まれ、まさに都会の真ん中に位置しているのだから、狭いのは仕方ない。同じ広さのマンションが買えるかと言われたら、返事に窮する。夏の西東京大会などで使用される郊外の球場は地の利を活かしてか、それなりの広さがある。東東京の球場でも江戸川球場、大田スタジアムなどはまあまあ広い。金持であることと尊敬されることが違うように、球場は広さだけではないとは思うけれど、狭い球場は狭いだけでちょっと残念である。強いて言えば、観客席のシートとその間隔が少し広い。どうでもいいことかもしれないが、これは唯一、神宮第二球場が誇れる美点であろう。
岸本佐和子のエッセーは『なんらかの事情』『ねにもつタイプ』に続いて三冊目。もの忘れだとか子どもの頃の話なんか歳が近いせいかみしみしと沁みてくる。発想や着眼点のユニークさは翻訳家ならでは、という感じがする。あたたかいか寒いかは別にして、懐が深い。
こんなポンコツ野球場、とっとと壊してしまえばいいと思っているのに、なぜだろう、この寂しさは。
2019年11月6日水曜日
ロバート・ホワイティング『野茂英雄 日米の野球をどう変えたか』
名もない弱小野球チームに磨けば光るだろうが、磨かれる機会のないままプレーを続ける隠れた逸材があり、ひょんなことから覚醒し、つられてメンバーもレベルアップ、多少の艱難辛苦はありながら、ついには全国制覇を成し遂げる…。そんなお話は少年漫画の世界であって、実際にはほぼありえない。野球に限った話ではないが、大概のスポーツはその競技の世界(ある種のシステム、あるいはヒエラルキーのような世界)がちゃんとつくられていて、その内側で頭角をあらわし、評価されたものが次のステージへステップアップしていく。
野球でいえば、リトルリーグ、シニアリトルから甲子園常連の強豪校に進学するとか、中学生の大会で実績をつくって、といった進路がパターンとしては多い。たとえ甲子園に出場することができなくても大学に進学し、体育会で続けたり、社会人として、あるいはクラブチームで活躍の機会を得るということもある。現在プロ野球で活躍している選手のキャリアを紐解くとほとんどそれなりのステップを踏んでいる。次のステージにすすめるということはなにがしかの注目を集めるだけの選手であるということだ。
野茂英雄には輝かしい球歴はなかった。大阪府大会ではベスト16どまり。プロから誘いを受けたらしいが、社会人野球に進む。都市対抗野球に出場し、日本代表としてソウルオリンピックに出場、銀メダルを獲得する。一躍アマチュアナンバーワン投手としてドラフト1位指名を受け、近鉄バファローズに入団する。1989年のことである。
独特な投球フォームといい、そのキャリアといい、突然変異的に野球のヒエラルキーに飛び込んできた野茂英雄は、日本的精神論的献身的野球に無縁な存在であり、周囲に惑わされることのない孤高のエースだった。メジャーリーグに挑戦したことも野茂の野球人生においては至極当然のことだったのではないだろうか。もちろん野茂は何も答えてくれないだろうが。
野球でいえば、リトルリーグ、シニアリトルから甲子園常連の強豪校に進学するとか、中学生の大会で実績をつくって、といった進路がパターンとしては多い。たとえ甲子園に出場することができなくても大学に進学し、体育会で続けたり、社会人として、あるいはクラブチームで活躍の機会を得るということもある。現在プロ野球で活躍している選手のキャリアを紐解くとほとんどそれなりのステップを踏んでいる。次のステージにすすめるということはなにがしかの注目を集めるだけの選手であるということだ。
野茂英雄には輝かしい球歴はなかった。大阪府大会ではベスト16どまり。プロから誘いを受けたらしいが、社会人野球に進む。都市対抗野球に出場し、日本代表としてソウルオリンピックに出場、銀メダルを獲得する。一躍アマチュアナンバーワン投手としてドラフト1位指名を受け、近鉄バファローズに入団する。1989年のことである。
独特な投球フォームといい、そのキャリアといい、突然変異的に野球のヒエラルキーに飛び込んできた野茂英雄は、日本的精神論的献身的野球に無縁な存在であり、周囲に惑わされることのない孤高のエースだった。メジャーリーグに挑戦したことも野茂の野球人生においては至極当然のことだったのではないだろうか。もちろん野茂は何も答えてくれないだろうが。
2019年10月18日金曜日
塙宜之『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』
今年もドラフト会議が終わった。
前評判の高かった佐々木朗希(大船渡)、奥川恭伸(星稜)、石川昴弥(東邦)が複数球団から指名を受ける。甲子園で活躍した選手か、全国大会の経験よりも素質能力で将来性を判断するのか、高校生の指名は難しい。僕個人としては練習試合の最高球速160キロより、甲子園の、失投が許されない場面で針の穴に糸を通すような150キロに魅力を感じる。難しいと言ったのは、現時点の完成度が必ずしも将来性と結びつかないからだ。何年後かプロ野球のスターになっているのは佐々木でも奥川でもないかもしれないのである。江川卓だって松坂大輔だって、ふたを開けてみれば人間だった。怪物なんかじゃ決してなかった。
テレビのお笑い番組が好きだった。南州太郎、東京ぼん太、てんぷくトリオ、獅子てんや瀬戸わんや、牧伸二、晴乃チックタック、青空球児好児…。子どもの頃爆笑していたのは関東の芸人が多い。
最近はテレビもさほど視ないので若手芸人の動向に関しては疎い。おもしろいなと思うのはナイツとテツandトモ。そのナイツの塙宜之が本を出したのを新聞で読んだ。自身、関西系の漫才コンクールM-1で決勝まで進みながら優勝できなかったことの「言い訳」がそのタイトルになっている。
塙はそのネタからもわかるように野球に詳しい。新聞には漫才界を野球の落合博満の解説のように解き明かしたいというようなことが紹介されていた。もちろん塙宜之ならそのくらいのことはお手のものと思っていた。きっと落合みたいに解説されたのだろうが、如何せん、読み手の方が最近の若手芸人を知らない。少しはイメージできるコンビもいるのだが、視たことがないからよくわからない。せっかく落合が解説してくれているのに、実は俺、野球のこと全然知らないんだよねって状態だった。
それでもナイツの漫才の自己分析、自己評価も随所に展開されていて、ナイツファンとしては楽しめる内容だった。
前評判の高かった佐々木朗希(大船渡)、奥川恭伸(星稜)、石川昴弥(東邦)が複数球団から指名を受ける。甲子園で活躍した選手か、全国大会の経験よりも素質能力で将来性を判断するのか、高校生の指名は難しい。僕個人としては練習試合の最高球速160キロより、甲子園の、失投が許されない場面で針の穴に糸を通すような150キロに魅力を感じる。難しいと言ったのは、現時点の完成度が必ずしも将来性と結びつかないからだ。何年後かプロ野球のスターになっているのは佐々木でも奥川でもないかもしれないのである。江川卓だって松坂大輔だって、ふたを開けてみれば人間だった。怪物なんかじゃ決してなかった。
テレビのお笑い番組が好きだった。南州太郎、東京ぼん太、てんぷくトリオ、獅子てんや瀬戸わんや、牧伸二、晴乃チックタック、青空球児好児…。子どもの頃爆笑していたのは関東の芸人が多い。
最近はテレビもさほど視ないので若手芸人の動向に関しては疎い。おもしろいなと思うのはナイツとテツandトモ。そのナイツの塙宜之が本を出したのを新聞で読んだ。自身、関西系の漫才コンクールM-1で決勝まで進みながら優勝できなかったことの「言い訳」がそのタイトルになっている。
塙はそのネタからもわかるように野球に詳しい。新聞には漫才界を野球の落合博満の解説のように解き明かしたいというようなことが紹介されていた。もちろん塙宜之ならそのくらいのことはお手のものと思っていた。きっと落合みたいに解説されたのだろうが、如何せん、読み手の方が最近の若手芸人を知らない。少しはイメージできるコンビもいるのだが、視たことがないからよくわからない。せっかく落合が解説してくれているのに、実は俺、野球のこと全然知らないんだよねって状態だった。
それでもナイツの漫才の自己分析、自己評価も随所に展開されていて、ナイツファンとしては楽しめる内容だった。
2019年9月2日月曜日
山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』
高校野球では投手の球数(投球数)制限が話題になっている。
甲子園の頂点をめざす才能豊かな好投手らが肩や肘に故障を生じ、将来の活躍の場が失われることに対する危惧である。ひと試合100球までとか具体的な案も出されている。野球はルールに関してはおおらかなスポーツで大会ごとに規定を変えてもいいので(たとえば甲子園で行われる大会には点差の開いた際のコールドゲームの規定がない)こうしたアイデアが生まれてくる。
日本ではプロ野球が発達しているので一試合100球、中5~6日の休養などといった慣習が目安とされやすいが、トーナメント方式で連戦を余儀なくされるアマチュア野球を同じ尺度で考えるのもどうかと思う。
ひとり100球などといったルールができたら、相手投手に多く投げさせる作戦もできてくるにちがいない。先日都内某所。隣の席で高校野球を観戦されていた方が球数問題はルールではなくあくまで各チームで自主的に取り組む問題であるという主旨のことを話していた。
もちろん怪物と呼ばれる投手がひとりで決勝戦まで投げぬく姿に多くの野球ファンは魅了されてきたのはたしかであるが。
世の中は急速に変化を遂げている。不安定、不確定、複雑、曖昧な世界で論理的思考=正解を出す技術だけにとらわれているとみな同じ答にしかたどり着けない。そこで注目されているのが「美意識を鍛える」こと。美意識やアートとはクリエイティブな世界に限られたものではなく、「真・善・美」といった普遍的な普遍的な価値観をあらわしていて、今日的状況にあって明確な判断基準になりうる。
論理や理性を重んじてきた日本の企業がコンプライアンス問題で不祥事を起こしたり、海外の企業におされているのは数値目標やアカウンタビリティといったサイエンスに偏った経営に原因があるともいわれ、その打開策として見直されているのが「アート」の力なのだそうだ。
世の中は急速に変化を遂げている。不安定、不確定、複雑、曖昧な世界で論理的思考=正解を出す技術だけにとらわれているとみな同じ答にしかたどり着けない。そこで注目されているのが「美意識を鍛える」こと。美意識やアートとはクリエイティブな世界に限られたものではなく、「真・善・美」といった普遍的な普遍的な価値観をあらわしていて、今日的状況にあって明確な判断基準になりうる。
論理や理性を重んじてきた日本の企業がコンプライアンス問題で不祥事を起こしたり、海外の企業におされているのは数値目標やアカウンタビリティといったサイエンスに偏った経営に原因があるともいわれ、その打開策として見直されているのが「アート」の力なのだそうだ。
高校野球には新たな美意識が必要なのかもしれない。
2019年8月23日金曜日
竹内薫『教養バカ わかりやすく説明できる人だけが生き残る』
今年も甲子園が終わった。
101回目の全国高等学校野球選手権大会は大阪代表履正社高校が初優勝を飾った。昨年に続いて大阪勢の連覇。レベルが高い。春センバツの一回戦で履正社は星稜の奥川恭伸投手に3安打17三振と手も足も出ず完敗する。その悔しさをバネにしての悲願の初優勝とニュースは伝えていた。
奥川のピッチングは昨秋の明治神宮野球大会で見ている。時速150キロの直球とスライダーのコントロールがすばらしく、打ち崩せる高校生はいないと思われた。実際にそれまでの公式戦で奥川が打たれて負けた試合は春センバツの対習志野戦だけだ(それにしても習志野戦後、星稜林監督の行った相手監督への抗議はいただけなかったな)。
さて、履正社との決勝戦。奥川は実は本調子ではなかったのかもしれない。あるいは高校最後の試合、甲子園の決勝ということで高ぶる気持ちを抑えられなかったのか、これまでにないプレッシャーを受けたのか。テレビで視ていて本来の投球ではないように思えた。昨年の決勝戦で大阪桐蔭の猛打を浴びた金足農吉田輝星投手も残念ながら本来のピッチングはできていなかった。微妙なコントロールを失っていた。決勝戦で実力を発揮するにはワンランク上のメンタルが必要ということか。昨年神宮球場で見た印象が強烈だっただけに(江川を超えるピッチャーがついにあらわれたと思ったし、今でも江川以上だと信じている)残念な決勝戦だった。
そういえば昨秋は打順がもっと上位だった奥川がセンバツ後の春の大会から8番に下がっている。投球に専念させるための配慮だったか、調子がよくなかったのかわからないが、バッティングでも活躍する姿を見たかった。
タイトルは『教養バカ』だが、教養に関する本ではなく、コミュニケーションのついて説いた本である。教養というのは突き詰めれば難しい問題だと思うが、そこらへんはさらっとかわしている。それはそれでいい判断だと思う。
101回目の全国高等学校野球選手権大会は大阪代表履正社高校が初優勝を飾った。昨年に続いて大阪勢の連覇。レベルが高い。春センバツの一回戦で履正社は星稜の奥川恭伸投手に3安打17三振と手も足も出ず完敗する。その悔しさをバネにしての悲願の初優勝とニュースは伝えていた。
奥川のピッチングは昨秋の明治神宮野球大会で見ている。時速150キロの直球とスライダーのコントロールがすばらしく、打ち崩せる高校生はいないと思われた。実際にそれまでの公式戦で奥川が打たれて負けた試合は春センバツの対習志野戦だけだ(それにしても習志野戦後、星稜林監督の行った相手監督への抗議はいただけなかったな)。
さて、履正社との決勝戦。奥川は実は本調子ではなかったのかもしれない。あるいは高校最後の試合、甲子園の決勝ということで高ぶる気持ちを抑えられなかったのか、これまでにないプレッシャーを受けたのか。テレビで視ていて本来の投球ではないように思えた。昨年の決勝戦で大阪桐蔭の猛打を浴びた金足農吉田輝星投手も残念ながら本来のピッチングはできていなかった。微妙なコントロールを失っていた。決勝戦で実力を発揮するにはワンランク上のメンタルが必要ということか。昨年神宮球場で見た印象が強烈だっただけに(江川を超えるピッチャーがついにあらわれたと思ったし、今でも江川以上だと信じている)残念な決勝戦だった。
そういえば昨秋は打順がもっと上位だった奥川がセンバツ後の春の大会から8番に下がっている。投球に専念させるための配慮だったか、調子がよくなかったのかわからないが、バッティングでも活躍する姿を見たかった。
タイトルは『教養バカ』だが、教養に関する本ではなく、コミュニケーションのついて説いた本である。教養というのは突き詰めれば難しい問題だと思うが、そこらへんはさらっとかわしている。それはそれでいい判断だと思う。
2019年7月30日火曜日
山本周五郎『人情武士道』(再読)
夏の甲子園出場校が決まった。
昨年は記念大会で出場校が多かったが、公立校は8校。金足農が決勝戦まで駒を進めたことは記憶に新しい。今年は49の出場校のうち、公立は14校。佐賀北、米子東、広島商、宇和島東が甲子園に戻ってくる。静岡、高松商も、センバツ準優勝の習志野、同じく4強の明石商も出場を決めた。その他、秋田中央、飯山、高岡商、鳴門、熊本工、富島と県立・市立勢の活躍が楽しみである。
東東京も小山台が決勝に進出。惜しくも敗れたけれど2年連続準優勝は立派な成績だ。西東京でも本命視されていた国士館を日野が破った。ベスト16に進んだ都立校は東3校、西6校とまずまずの成績だった。
東東京は二松学舎、城東などがはやく姿を消したものの関東一は春の実績校として順当な勝ち上がりだったが、西は国士館が初戦敗退、日大三、早実が準々決勝敗退、さらには第一シードの東海大菅生が準決勝で敗れ、秋春8強の国学院久我山が創価に勝って甲子園を決めた。春二回戦で桜美林に敗れて今回ノーシードとなった創価だったが、準決勝では大差でリベンジを果たした。
秋から春、そして夏に向かってチームは様変わりする。昨秋全国を制した札幌大谷が南北海道大会本大会の初戦で敗退し、春センバツ優勝の東邦が愛知県大会予選で敗退。今夏の選手権大会でいちばん注目を集めるのは金沢星稜であることに間違いないだろうが、これまで大きな期待を背負った幾多の選手が短い夏を終えていった。
ここのところ読まなければいけない本がないと山本周五郎の短編ばかり読んでいる。2年前に読んだ初期の短編集『人情武士道』を読む。主に30歳代に書かれた佳作を収録している短編集である。
以前読んだときには気がつかなったが、あらためて読み直してみると、文章に若さが感じられる。小気味よく、勢いがある。気負いといってしまえばそうかもしれないが、ストーリーにのめり込んでいく若き日の周五郎がそこにいる。
昨年は記念大会で出場校が多かったが、公立校は8校。金足農が決勝戦まで駒を進めたことは記憶に新しい。今年は49の出場校のうち、公立は14校。佐賀北、米子東、広島商、宇和島東が甲子園に戻ってくる。静岡、高松商も、センバツ準優勝の習志野、同じく4強の明石商も出場を決めた。その他、秋田中央、飯山、高岡商、鳴門、熊本工、富島と県立・市立勢の活躍が楽しみである。
東東京も小山台が決勝に進出。惜しくも敗れたけれど2年連続準優勝は立派な成績だ。西東京でも本命視されていた国士館を日野が破った。ベスト16に進んだ都立校は東3校、西6校とまずまずの成績だった。
東東京は二松学舎、城東などがはやく姿を消したものの関東一は春の実績校として順当な勝ち上がりだったが、西は国士館が初戦敗退、日大三、早実が準々決勝敗退、さらには第一シードの東海大菅生が準決勝で敗れ、秋春8強の国学院久我山が創価に勝って甲子園を決めた。春二回戦で桜美林に敗れて今回ノーシードとなった創価だったが、準決勝では大差でリベンジを果たした。
秋から春、そして夏に向かってチームは様変わりする。昨秋全国を制した札幌大谷が南北海道大会本大会の初戦で敗退し、春センバツ優勝の東邦が愛知県大会予選で敗退。今夏の選手権大会でいちばん注目を集めるのは金沢星稜であることに間違いないだろうが、これまで大きな期待を背負った幾多の選手が短い夏を終えていった。
ここのところ読まなければいけない本がないと山本周五郎の短編ばかり読んでいる。2年前に読んだ初期の短編集『人情武士道』を読む。主に30歳代に書かれた佳作を収録している短編集である。
以前読んだときには気がつかなったが、あらためて読み直してみると、文章に若さが感じられる。小気味よく、勢いがある。気負いといってしまえばそうかもしれないが、ストーリーにのめり込んでいく若き日の周五郎がそこにいる。
2019年3月19日火曜日
チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』
3月はやはりあわただしい。
少し落ち着いたので先週の土日は野球を観に行った。4月からはじまる東京都春季高校野球大会の一次予選である。本大会には112校(全出場校が約270校だからざっくり言って約4割)が出場できる。昨年の秋季大会に出場した48校とこの予選を勝ち抜いた64校である。昔は(昔といってもいつごろからだったか憶えていないが)秋の本大会に進んだチームしか出場できなかったこの大会にいつしか一次予選が設けられ、秋の予選で敗退した学校にも復活のチャンスが与えられた。
高校野球には秋、春、夏と大会があるのだが、この春の大会だけが甲子園に直結しない。関東大会であるとか近畿大会といった地区大会で完結する。ただし都道府県大会で上位に進出したチーム(東京なら16強)には夏の大会でシード権が与えられる。そういった意味ではこの大会は直接甲子園には行けないけれど甲子園にはつながっている大会といえる。
それはともかくとして3月のこの時期はまだまだ寒い。気温が多少高くても2時間近く座って試合を観ていると心底身体が冷えて凍えてくる。ときどき立ち上がって足踏みしたり、首や肩をまわす。
読書に計画性はほぼなく、(仕事で必要でない限り)読みたいと思った本を好き勝手読んでいる。ときどき新聞の書評をながめたり、SNSで話題になっている本も読んでみる。こんなことを言っては失礼かもしれないが、SNSで煽っている本ほど疑わしいものはない。やはり読む本は自分の嗅覚で見つけるべきだと思う。
この本もネットでずいぶん話題になっているようだ。誠に不勉強で申し訳ないのだが、お隣韓国の事情がわからないので特に感想もない。韓国はそういう社会だったのですねと思うしかない。
さて、土日に府中の明大球場で行われた試合。わが母校はなんと連勝。昨年に続いて本大会に進めることになった。勝てば勝ったで寒かったことなど忘れてしまう。
春ってそんなものだ。
少し落ち着いたので先週の土日は野球を観に行った。4月からはじまる東京都春季高校野球大会の一次予選である。本大会には112校(全出場校が約270校だからざっくり言って約4割)が出場できる。昨年の秋季大会に出場した48校とこの予選を勝ち抜いた64校である。昔は(昔といってもいつごろからだったか憶えていないが)秋の本大会に進んだチームしか出場できなかったこの大会にいつしか一次予選が設けられ、秋の予選で敗退した学校にも復活のチャンスが与えられた。
高校野球には秋、春、夏と大会があるのだが、この春の大会だけが甲子園に直結しない。関東大会であるとか近畿大会といった地区大会で完結する。ただし都道府県大会で上位に進出したチーム(東京なら16強)には夏の大会でシード権が与えられる。そういった意味ではこの大会は直接甲子園には行けないけれど甲子園にはつながっている大会といえる。
それはともかくとして3月のこの時期はまだまだ寒い。気温が多少高くても2時間近く座って試合を観ていると心底身体が冷えて凍えてくる。ときどき立ち上がって足踏みしたり、首や肩をまわす。
読書に計画性はほぼなく、(仕事で必要でない限り)読みたいと思った本を好き勝手読んでいる。ときどき新聞の書評をながめたり、SNSで話題になっている本も読んでみる。こんなことを言っては失礼かもしれないが、SNSで煽っている本ほど疑わしいものはない。やはり読む本は自分の嗅覚で見つけるべきだと思う。
この本もネットでずいぶん話題になっているようだ。誠に不勉強で申し訳ないのだが、お隣韓国の事情がわからないので特に感想もない。韓国はそういう社会だったのですねと思うしかない。
さて、土日に府中の明大球場で行われた試合。わが母校はなんと連勝。昨年に続いて本大会に進めることになった。勝てば勝ったで寒かったことなど忘れてしまう。
春ってそんなものだ。
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