2021年12月7日火曜日

吉村昭『海軍乙事件』

子どもの頃、夏休みになると祖父に連れられ、南房総にある父の実家で過ごしたことは何度となく書いてきた。曽祖母が亡くなったのが小学校5年生のときだったから(その頃はほとんど寝たままの状態になっていたが)、記憶には残っている。もっと小さかった頃も寝たり、起きたりの生活だったが、話も普通にできたし、何より楽しみだったのがお小遣いだった。
曽祖母は朝食を終えると僕と姉を呼んで、今日のぶんと言っては小袋のなかから10円玉を取り出しては僕らに与えてくれた。それを手にかき氷やラムネを飲んだり、両親からもらっていたお小遣いと合わせて花火を買ったりした。当時かき氷やラムネがいくらだったかまったく記憶にないが、1日10円あれば、子どもたちはしあわせに暮らせた時代だった。
当時を思い出して、今と圧倒的に異なるのは、子どもの足で行ける範囲にお店があったということだ。10年くらい前までは酒屋や魚屋はあったけれど、父の実家のまわりには今、店らしい店は皆無である。大人だって歩いて行ける店はほとんどない。集落の人びとはクルマでスーパーに買い出しに行く。たいていの家庭では大きな冷蔵庫がある。そんな地方の生活が浸透している。
太平洋戦争当時の史実を題材にした吉村昭の短編集。歴史のなかに埋もれてしまった事件に光をあてる。1941年に起きた山本五十六搭乗機撃墜事件は「海軍甲事件」(これもこの短編集に収められている)と呼ばれている。翌年起きた海軍機密文書紛失事件がそれに対して、表題作である「海軍乙事件」である。
この本は76年に刊行されている。今からくらべるとまだまだ戦後が色濃く残っていた時代だったかもしれないが、どれほどの証言者や資料が吉村昭の執筆を支えただろうか。
父の実家のある南房総の集落は乙浜(おとはま)という。そのいわれは知らない。どこかに甲浜という地名があり、それに対して乙浜なのではないか、などと勝手に思っている。

2021年12月5日日曜日

カート・ヴォネガット『ガラパゴスの箱舟』

仕事の合間に隣駅まで歩く。普通に往復すれば3キロ程度のところを少し贅沢に遠まわりし、4キロを47分。遅くもないが速くもない。
先日もヨドバシカメラまで歩いてみた。電車に乗ればふた駅である。これまでも歩いてみよう気はあったが、ルートが複雑そうに思えて歩いたことはなかった。地図アプリで確認すると案外難しそうでない。
幹線道路をしばらく歩く。途中で少し南側の通りを行く。街灯に女子大通りと記載されている。通りの北側に女子大学があった。その先、南へ向かう通りは美大通りと書かれていた。美大はずいぶん昔に郊外(小平)に移ったと思っていたが、まだこの地にも校舎があるらしい。
1980年代、カート・ヴォネガット(ジュニア)の本をよく読んだ。
以前の投稿を見ると93年に『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』を再読している。7年ぶりに読んだと書いてある。「ヴォネガットの作品でとりわけ好きなのは、『ガラパゴスの箱舟』と『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』の2冊」とも記している。
好きな作品のもう一冊を読む、35年ぶりに。
この本はヴォネガットの代表作と言われている。おもしろさもひとしおだ。20代に読んだものを60を過ぎて読み直し、さらにおもしろいと感じたのだから。
僕のなかで80年代のヴォネガットブームはこの本でひとまず落ち着いた。その後読んだのは『タイムクエイク』、2019年まで新作を読むことはなかったのだ。ヴォネガットはこの本を世に出した10年後、2007年に他界している。そんなことすら知らなかった。ベートーベンの第九交響曲は書けなかったけれど、それに勝るとも劣らない作品を書き続けてきた。
『ガラパゴス』から『タイムクエイク』までのおよそ10年間に書かれた彼の作品をこれからゆっくり読みたいと思う。それで言うのだ、長生きはするものだと。
ヨドバシカメラまでは4.34キロ。44分31秒で歩いた。