40年以上、映像制作の仕事に携わってきた。今でこそ映像はスマホやデジカメで簡単に撮影できるが、1980年代半ばくらいまではフィルムを感光させていた。ムービー撮影専用のカメラが必要だった。フィルムにどのように写っているかはファインダーを覗くカメラマンしか確認できなかった。
撮影されたフィルムは現像にまわされる。翌日、現像されたネガとプリントされたポジ(ラッシュと呼んでいた)が現像所から届く。ムビオラというフィルムビューワーで映像を確認しながら、ラッシュを切り刻んで編集する。編集室は手作業の場であり、いちばんフィルム制作らしい現場だった。
編集されたラッシュは試写された後、オバーラップなどの加工やタイトルを載せるためふたたび現像所に送られる。現像所の作業もムービーカメラと同様ブラックボックスである。
80年代の終わり頃から、撮影したフィルムをビデオテープに転写して編集するようになった。映像はデータ化され、ユニックスのワークステーション上のソフトで処理される。今ではカメラもSDカードのような記憶媒体にデータ収録されるようになっている。現場からフィルムもビデオテープもなくなった。
SDからHD、さらには4K、8Kと画質もよくなり、データ量も増えていく。4K映像はHD映像の4倍ほどのデータ量になる。記憶媒体が高価な時代には普及し得なかった。
古くから映像制作の世界にいたのに映像制作に携わる人が主役の小説を読むのははじめて。フィルムフェスティバルでグランプリを獲ったふたりの大学生、尚吾と紘。作品は共作だが、祖父とともに名画座で数多くの名作にふれて育った尚吾は細部を見つめる能力に長けている。島で育った紘は美しいものや一瞬の表情に深い洞察力を持っている。尚吾は巨匠監督の助手になり、紘はネット配信動画の世界に飛び込んでいく。
ネット時代。映像制作の進化とこれからについて考えさせられる一冊だった。