2026年10月21日水曜日

吉田篤弘『おやすみ、東京』

映像制作に携わっていたので徹夜作業はそうしょっちゅうではないにせよしばしばあった。
たとえば、プレゼンテーションの前日。何週間も前からアイデアを出し合い、これでもかこれでもかと案数を揃え、もっとないか、もっといい案はないかと絞り出し、ぎりぎりまで打合せを重ねる。ストーリーボードや企画書ができあがってももっとよくならないか、地雷を踏んでいないかなどと検討を重ねていくうちにてっぺんはとっくに過ぎて、空が白んでくる。
撮影や編集もそうだ。とりわけ撮影は忙しいスタッフたちが共通して仕事に専念できる日を選んで組まれているから、何としても全カットを撮り終えなくてはならない。特に面倒なのが食品などのシズルカットの撮影だ。たとえばフライパンの真ん中に生卵を落とすといった傍目に簡単そうなカットでさえ、演出家の「よーい!スタート!」のかけ声やカメラのモーター音、カチンコの響きなんかが混ざると簡単なことが簡単でなくなる。20回も30回も繰り返してようやくOK、なんてことはざらである。機材を撤収してスタジオを出ると朝日が煌々と輝いている。夜を徹するとはこういうことなんだなとその都度思う。
以前一冊だけ読んで気になっていた吉田篤弘の本を図書館で見つけて読んでみた。
午前1時からはじまる深夜の物語。深夜の、といっても昼夜働いて徹夜するお話ではない。働く人は自ら選択して深夜働いている。
登場するのはタクシードライバー、映画の小道具調達係、電話相談オペレーター、電話廃棄業者、探偵、古道具屋、深夜だけ営業する食堂などなど。一人ひとりに夜があり、それぞれが細い糸でつながっている。東京の深夜ならではの物語だった。
彼らの棲む夜の向こうに夜を徹して映像制作に携わる若者たちがいるのだろうと思うと妙に懐かしい気持ちになった。返す返すも因果な仕事に就いたものだという思いとあの頃はそれなりにおもしろかったなあという思いが半々である。

0 件のコメント:

コメントを投稿