高校1年時の担任エリック先生から大学はどこに行きたいと面談で尋ねられ、早稲田とか慶應ですかねと軽い気持ちで答えたら、早慶は無理だ、君は国公立向きだ、国公立の大学をめざすべきだみたいなことを言われた。その年卒業した部活の先輩5人のうち4人が国立大学に進学していた。そのこともあって何となくめざすは国公立大学になった。
受験までにもっと見聞を広めておけばよかったのだろうが、あまり深く考えることなく入試が近づいた。理工系の学部は早々に諦めていた。政治、法律、経済には興味がわかない。何をするあてもなかったが、地方の国立大の文学部にでも行ければいいかと思っていた。とはいえ中学高校とろくに本など読んでいないのに文学部に行きたいとは言い出しにくい。その点教育学部というのは目的的な名前が付いている。一応、志望は教育学部か文学部とした。
教育学部は日本全国津々浦々にある。が、そのほとんどが教員養成のための教育学部だ。僕が志望したのは教員養成系ではない教育学部。ところが調べてみると旧七帝大と旧高等師範学校にしかない。旧帝大を志望するには浪人することも覚悟しなければならない。そのなかでわずかながら可能性のある大学を受験し、玉砕した。3月下旬にもう一校受けられる。行きたいか行きたくないかは別にして浪人はしたくなかったので教員養成系を受けた。
人生山あり谷ありそして岐路あり。あのときああすればよかったこうしておけばよかったと思うことはある。教育学部にこだわらず文学部ももう少し視野に入れておけば、都内の大学は無理としても近県の大学ならもう少し可能性はあったと思う。大学生になってしばらく経ってからそう思った。
もし現実とは異なる選択をしていたら僕は今頃どうなっていただろうか。今とは異なる人生を歩んでいただろうか。そんなことはない。今とさして変わり映えのしない人生だったと思う。この本を読んでそう思った。
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