2025年12月31日水曜日

内田樹『そのうちなんとかなるだろう』

内田樹は昭和41年に都立日比谷高校に進学している。都の学校群制度がはじまる前の最後の年だ。単独校受験時代の日比谷は難関校だった。9科目900点満点の入試で800点以上が必要だったと先輩に聞いたことがある。それをクリアしているあたり、ものすごい秀才だったとうかがえる。しかも中退して、大検資格を取って、京大を受験するも不合格。翌年は東大の入試が中止された。それでもその翌年合格している。
内田の専攻はフランス文学であるというが、あまりに専門的過ぎて読んだことはなく、読みたいとも思わない。過去に読んだのは『日本辺境論』という新書だけだと思う。日本はたえず世界の中心を求め、その周縁であることを望んでいたといった内容だったと記憶している。
この本は内田樹の自伝。内田の本はほとんど読んでいないけれど、10歳近く年の離れた先達の人生には興味があった。ついで言えば本の紹介でラジオ番組に出演していたことも読むきっかけとなった。
内田は都立大助手時代にフランス語の講師をしていたという。

わかったのは、ただ文法規則や単語を丸暗記させるのは非効率で、言語の本質について本格的に学術的な説明をした方が学生たちの理解は早いというものでした。

「冠詞とはどのような世界観の産物か」「相(アスペクト)とはどのような時間意識を持つものにとって意味があるのか」といった言語の根源から説明する。そしてフランス語文法は、「フランス語話者たちからは世界はどう見えているか」を理解させる。こうした授業で短期間で成果を上げ、授業のタイトルも「内田樹の奇跡のフランス語」となったそうだ。
フランス語はずいぶん勉強したつもりだった。お茶の水のフランス語学校にも1年ちょっと通ったが(アルバイトのお金が尽きてそれ以上通えなかった)、身に付かなかった。せいぜいお酒を注文できるくらいか。内田樹のような先生に出会えなかったことがいちばんの敗因だと思う。

2025年12月27日土曜日

遠藤正敬『戸籍の日本史』

7月に母が亡くなり、相続の手続きを行った。なによりも欠かせないのが戸籍謄本である。出生から死亡までの連続した戸籍が必要になる。12年前父が死んだ時も戸籍を本籍地から取り寄せ、手続きをしている。今では最寄りの区民事務所で請求すれば取り寄せてくれる。
ところで戸籍って何なんだろう。住所がわかるわけでもない(戸籍の附票に記載されるが)。住民票の方が使い勝手がいい。そもそも戸籍謄本が必要な手続きといえばパスポートの申請くらいなものではないか。ということは戸籍は日本国籍を持つ者の証明書みたいなことか。
戸籍で思い出すのは、本書でもふれられているが、『砂の器』である。ハンセン病の父と放浪の旅を続けた本浦秀夫は、後に大阪の空襲で原本副本ともに焼失した他人(和賀英良)の戸籍の再製を申し立て、戸籍上まったくの別人になりすます。ある日、秀夫時代を知る男があらわれ、事件は起きる。なんと壮大な物語であることか。
制度としての戸籍は古く律令制の時代からあった。その目的は徴税のためだったが、重い負担に堪えられない者たちが土地を捨てたり、仏門に入ったりなどして機能しなくなったという。今の戸籍の原型がつくられたのが明治維新以降で家制度を支える役割を果たしたが、日露戦争後の急速な工業化や領土拡大に伴って、戸籍制度の矛盾が露呈する。樺太のアイヌや台湾、朝鮮、満州、沖縄に日本的な戸籍の導入することはきわめて困難だった。
今では住民基本台帳をベースにしたマイナンバーが導入されている。プライバシーの保護が徹底されるのかはともかく、マイナンバーの普及によって戸籍制度の存在意義はますます乏しくなってきている。それでも戸籍制度をやめようという動きもなく、つい最近では名前の読み仮名を付加しようとしている。マイナンバーによって行政の効率化をはかりつつ、戸籍制度の維持のために膨大なコストをかける。
戸籍制度に明日はあるのだろうか。

2025年12月23日火曜日

若松英輔『考える教室 大人のための哲学入門』

読みたい本と読まなければいけない本があった。
読まなければいけない本というのは仕事に必要な本でここ何年かで言えば、福祉関連、社会的擁護や認知症普及啓発に関する本が多かった。仕事はまだ続けるつもりだが、読まなければいけない本はそのうち減ってくるだろう。
学生時代、読みたい本は大概小説で、読まなければいけない本は学生としてこれくらい読んでおかなくちゃという古典や学術書だった。残念ながらこれら功利的動機で読んだ本はあまり記憶にとどまっていない。パスカル、カント、サルトル、ベルグソン…。読むことによって読んだつもりにはなったけれど、自らの血肉になったとはとても思えない。
大人になってからは広告の本を読まなければいけないと思って読んだ。すぐれたクリエイティブスタッフが書いた本。大抵は自身の広告作法を理論化して携わった作品とともに紹介する本だったが、いくつかの例外を除くとあまり役には立たなかった。
「読む」とは言葉を扉にした書き手と読み手の対話であると若松英輔は言う。読書は自分を知るための旅であるとも言う。
さほどの読書家ではないけれど、これまでいろんな本を読んできた。影響を受けた本もある。おもしろかった本もある。いつかまた読み返したいと思った本もある。一方で読んだことは身に覚えがあるが、内容をすっかり失念した本もある。読んだことすら憶えていない本だってある。
この哲学入門はソクラテス、デカルト、ハンナ・アレント、吉本隆明を読み解きながら考えることの入り口に導いてくれる。このうちアレントは知らなかったが、興味を持った。吉本隆明は昔も今もよくわからないままでいる。『ソクラテスの弁明』と『方法序説』は読んではいるが、中身はすっかり忘れている。それでも著者の導きによって多少は思い出すところがあった。
巻末に著者によるブックガイドが掲載されている。たぶんもう読まないんじゃないかと思いながら目で追った。

2025年12月19日金曜日

林芙美子『愉快なる地図』

中島みゆきの楽曲はときどき聴く。なかでも好きなのは「旅人のうた」である。

男には男のふるさとがあるという
女には女のふるさとがあるという
なにも持たないのは
さすらう者ばかり
どこへ帰るのかも
わからない者ばかり

こんな歌い出しである。
都会で出会った男と女もそれぞれ生まれ故郷がある。身に染みついた風習なり慣習がある。やがてふたりに対立が生まれる。そんなストーリーを想像する。
この曲を聴いて思い浮かべるのは「さすらう者」林芙美子だ。山口県下関の生まれであるが、以後行商する養父実母とともに各地を転々とする。自分の居場所がない。林芙美子の人生は生まれながら旅の連続だった。
代表作といわれるのは『放浪記』だったり『浮雲』だったり。これも「さすらう者」林芙美子の真骨頂だろう。林の紀行は以前も読んでいる。岩波文庫『下駄で歩いた巴里』にシベリア鉄道の旅などこの本と重複するタイトルがが含まれている。
昭和のはじめ頃、日本からヨーロッパへはシベリア鉄道か船便だった。船の方が時間がかかる(横浜ロンドンで約40日)し、運賃もかさむ。林芙美子が陸路を選んだのはおそらく安くはやく行ける点を考慮したためだろう。三等寝台列車でモスクワをめざしたくらいだから。鉄道は安くはやくなのはたしかだが、重たい荷物を持って乗り換えたり、通関手続き、治安などの点では不便な旅だ。あえてこの面倒を背負いながら列車に揺られたところが林芙美子たる所以か。
昭和6~7年といえばすでに柳条湖事件が起きている。満州は物騒だったに違いない。物騒といえば、ロシアのウクライナ侵攻以後日本ロシア間の直行便は停止している。ウラジオストックへは第三国から入らなければならない。ウラジオストックとモスクワを結ぶ寝台特急列車(走行距離9,259キロ、所要時間144時間)は今も隔日運行されているが、国際情勢的にはシベリア鉄道の旅ははるか遠い存在になってしまった。

2025年12月10日水曜日

若松英輔『はじめての利他学』

さすがに12月になって寒気に覆われるようになった。北海道、東北と日本海側は雪の降る日が多くなった。この時期雪が多いのは日本海の海水温がまだ高く、雪雲がつくられやすいということらしい。
そんななかわが家の給湯器が不調をきわめている。2年ほど前から使っている途中でお湯が出なくなることがあったが、コンセントを抜いて差しなおすと元に戻った。ひと月にいちどくらいは止まってしまっていたのが2週間にいちどとなり、最近では3日にいちどになり、昨日一昨日あたりは数時間おきにお湯が止まるようになってしまった。
安く交換できる会社があるようなので見積りを取って、注文した。今はメーカーから取り寄せ中という。不便は不便なのだが、うちは二世帯住宅で二階に風呂場があり、お湯も出る。石鹸、シャンプー、タオルなどを二階に運び、簡単に掃除してなんとか凌いでいる。
利他に関する本を何冊か読んで、その難解さに辟易している。それでも気になるので読めそうな本を見つけては読んでいる。著者若松英輔は以前読んだ『利他とは何か』の共同執筆者である。
若松によれば利他とはもともと仏教から来ている。最澄は忘己利他を説き、空海は自利利他を説いた。利他は己を忘れたところにあり、自他ともに利することが利他であるという。利他という言葉、概念だけで利他を論じるところに難しさがある。己あるいは自と他は切り離すことはできないのだ。
これまで「利他とは何か」ばかりを考えてきた。利他と対になる概念は何かなど整理整頓して理解しようとしていた。前に読んだ本で若松は「利他という名状しがたい、そしてある意味では姿なき出来事を生々しく感じることなく、概念化するとき、私たちがそこで目にするのは、記号化された利他、さらにいえば死物となった利他であって、『生ける利他』ではありません」と述べている。そういうことかとようやくわかる。
利他はなかなか奥が深いのだ。