内田樹は昭和41年に都立日比谷高校に進学している。都の学校群制度がはじまる前の最後の年だ。単独校受験時代の日比谷は難関校だった。9科目900点満点の入試で800点以上が必要だったと先輩に聞いたことがある。それをクリアしているあたり、ものすごい秀才だったとうかがえる。しかも中退して、大検資格を取って、京大を受験するも不合格。翌年は東大の入試が中止された。それでもその翌年合格している。
内田の専攻はフランス文学であるというが、あまりに専門的過ぎて読んだことはなく、読みたいとも思わない。過去に読んだのは『日本辺境論』という新書だけだと思う。日本はたえず世界の中心を求め、その周縁であることを望んでいたといった内容だったと記憶している。
この本は内田樹の自伝。内田の本はほとんど読んでいないけれど、10歳近く年の離れた先達の人生には興味があった。ついで言えば本の紹介でラジオ番組に出演していたことも読むきっかけとなった。
内田は都立大助手時代にフランス語の講師をしていたという。
わかったのは、ただ文法規則や単語を丸暗記させるのは非効率で、言語の本質について本格的に学術的な説明をした方が学生たちの理解は早いというものでした。
「冠詞とはどのような世界観の産物か」「相(アスペクト)とはどのような時間意識を持つものにとって意味があるのか」といった言語の根源から説明する。そしてフランス語文法は、「フランス語話者たちからは世界はどう見えているか」を理解させる。こうした授業で短期間で成果を上げ、授業のタイトルも「内田樹の奇跡のフランス語」となったそうだ。
フランス語はずいぶん勉強したつもりだった。お茶の水のフランス語学校にも1年ちょっと通ったが(アルバイトのお金が尽きてそれ以上通えなかった)、身に付かなかった。せいぜいお酒を注文できるくらいか。内田樹のような先生に出会えなかったことがいちばんの敗因だと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿