7月に母が亡くなり、相続の手続きを行った。なによりも欠かせないのが戸籍謄本である。出生から死亡までの連続した戸籍が必要になる。12年前父が死んだ時も戸籍を本籍地から取り寄せ、手続きをしている。今では最寄りの区民事務所で請求すれば取り寄せてくれる。
ところで戸籍って何なんだろう。住所がわかるわけでもない(戸籍の附票に記載されるが)。住民票の方が使い勝手がいい。そもそも戸籍謄本が必要な手続きといえばパスポートの申請くらいなものではないか。ということは戸籍は日本国籍を持つ者の証明書みたいなことか。
戸籍で思い出すのは、本書でもふれられているが、『砂の器』である。ハンセン病の父と放浪の旅を続けた本浦秀夫は、後に大阪の空襲で原本副本ともに焼失した他人(和賀英良)の戸籍の再製を申し立て、戸籍上まったくの別人になりすます。ある日、秀夫時代を知る男があらわれ、事件は起きる。なんと壮大な物語であることか。
制度としての戸籍は古く律令制の時代からあった。その目的は徴税のためだったが、重い負担に堪えられない者たちが土地を捨てたり、仏門に入ったりなどして機能しなくなったという。今の戸籍の原型がつくられたのが明治維新以降で家制度を支える役割を果たしたが、日露戦争後の急速な工業化や領土拡大に伴って、戸籍制度の矛盾が露呈する。樺太のアイヌや台湾、朝鮮、満州、沖縄に日本的な戸籍の導入することはきわめて困難だった。
今では住民基本台帳をベースにしたマイナンバーが導入されている。プライバシーの保護が徹底されるのかはともかく、マイナンバーの普及によって戸籍制度の存在意義はますます乏しくなってきている。それでも戸籍制度をやめようという動きもなく、つい最近では名前の読み仮名を付加しようとしている。マイナンバーによって行政の効率化をはかりつつ、戸籍制度の維持のために膨大なコストをかける。
戸籍制度に明日はあるのだろうか。
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