2020年10月13日火曜日

吉村昭『仮釈放』

幸いにして服役経験はない。人を殺めたこともない。自転車の無灯火はある。
友人知人にいるかといえば、やはりそれもない。小説や映画、ドラマでは人はすぐに殺され、犯人は逃走の上、海岸の岩場に追い詰められて白状させられる。毎週そんなことが行われているにもかかわらず、僕の身近に関係者はいない。
この小説は今村昌平監督「うなぎ」の原作である。その原作を鰻獲りの日々を描いた短編「闇にひらめく」だと思って映画を観たときはびっくりした。浮気をしていた妻がいきなり殺されるのだ。
無期懲役に処せられた主人公菊谷は16年の時を隔てて、仮釈放される。保護司に連れられて歩く。腕を振って足を高く上げて。刑務所内で歩くといえば、行進のように歩かなければならなかったからだ。もうその歩き方はしなくていいと保護司に諭される。町はずいぶん変わっていた。男ははじめて自動販売機で切符を買う。
郊外の養鶏場に職を得た男は、ある日ふと立ち寄った店で目高を買う。毎日餌を与え、水を換え、やがて目高は産卵までする。映画で床屋になった主人公役所広司が水槽に一匹の鰻を飼って丹精していたことを思い出す。ちなみにであるが、この養鶏場がどこにあるかははっきりしない。想像するに青梅線の小作駅西口から西東京バスに乗って10数分のところ、あきる野市あたりではないかと思っている。要するに以前訪ねた東海大菅生高校付近ではないかと思うのである。道中で牛舎を見かけた。東京にもこんなのどかな土地があるのかと思った。おそらくそのときの記憶が呼びさまされたに違いない(牛舎は養鶏場にすり替わっていたが)。
吉村昭の作品には、刑務官の人生を取り上げた『プリズンの満月』、脱獄囚を題材にした『破獄』などがあるが、一無期懲役囚の仮釈放を淡々と綴るこの小説に、非日常のなかで平凡な日々をかいま見るような、あるいは平凡な日々のなかに非日常を見るような、ある種の恐ろしさを感じる。

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