ずいぶん昔のことだが、ある上司から、コピーライターというのは研ぎ澄まされた言語感覚がなければならない、君はその点でコピーライターには向いていない、というようなことを指摘された。指摘として間違っていなかったので、ひどく納得したおぼえがある。
それからしばらくして、コピーライターという職業は文章を巧みに書くことではなく、広告を見る人にいちばん伝わりやすい言葉を見つける人だと認識をあらためた。複雑なこと、難しいこと、都合のいいのことを恰好を付けて言い換えたって、誰の心にも届かないのである。そこに「ああ、そういうことか」という気づきが与えられなければならない。もういちど言う。「コピーライターの仕事は書くことではなく、発見することだ」と。
コピーライター仲畑貴志が書いた広告コピー「おしりだって、洗ってほしい。」も「顔は、ハダカ。」もいまだに強い印象を感じるのは、その文章や言葉がいいのではなく、そこに多くの人が気付かなかった発見があるからだ。
著者の中村禎は外資の広告会社でそのキャリアをスタートしてのち、広告制作会社サン・アドに移って仲畑貴志に師事する。大きな広告賞の受賞経験が豊富な方ではあるが、僕が不勉強なせいもあり、これといった代表作が思い浮かばない。宣伝会議という出版社が主催するコピーライター養成講座の講師を長く続けていて、その教え子たちたち(中村組というらしい)にも活躍している者が多いと聞く。
中村禎はコピーライターとして天賦の才能があった人ではないと思う。たいていのコピーライターがそうであるように、地道に、愚直に努力を積み重ねてきたタイプである。それはこの本を読んでみるとよくわかる。ここに記されたことは、彼の経験から見出されたコピーライター作法ではなく、彼自らがひとつひとつ実践してきたことだ。誠実さと説得力を感じるのはそのせいだと思う。
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