2024年11月30日土曜日

大岡昇平『レイテ戦記』

毎年8月になると戦争に関する本を読もうと思う。必ずしも毎年読んでいるわけではないけれど。今年は思い立って『レイテ戦記』を読むことにした。
大叔父はルソン島で戦死している。そういうこともあって、フィリピンの戦闘に関しては興味があった。大岡の作品では『俘虜記』『野火』を読んでいたこともあって、いつかは読んでみたい作品だった。ところがなかなか読みすすめることができない。小説というより、文字通り戦記なのである。
大岡は膨大な資料を読み解き、時間軸に沿って、また場所ごとに日本軍と米軍の動きを整理した。自身もフィリピンに赴いていた。ミンドロ島で生死の境をさまよい、俘虜となった経験もある。その戦いを明らかにしたい気持ちも強かったに違いない。そこに著者の感情や情緒的な描写はほとんどない。あたかも従軍記者のような淡々とした記述に終止している。
そのことが読みすすめ難かった理由のすべてではない。地図と照合しながら米軍、友軍の動きを追わなければならない。地名もはじめのうちはなかなか覚えられなかった。そもそもが二〜三週間で読み終えられる作品ではなかったということだ。難儀したけれど、むしろこういう本を遺してくれたことを著者に感謝したいくらいだ。
レイテ島では1944年12月に主だった戦闘はなくなり、以後はセブ島への転進作戦に移行する。脱出できたのはごくわずかだった。
アメリカ軍はその後ルソン島に上陸、45年3月にはマニラを奪還。日本軍は山岳地帯のバギオに転進し、反撃を試みる。そしてバレテ峠などで武器弾薬はもちろん食糧の乏しいなか抵抗するが、6月にはほぼ鎮圧される。大叔父の戸籍には「昭和二十年六月三十日ルソン島アリタオ東方十粁ビノンにて戦死」とのみ記されている。斬り込みで殺されたのか、自決したのか、ゲリラに襲われたのか、あるいは病に倒れたのか、餓死したのか。本当のことは何もわからないままである。

2024年11月26日火曜日

スティーヴン・キング、ピーター・ストラウブ『タリスマン』

今月、定年退職を迎えた。退職に伴う諸々の手続きを済ませ、会社に残してきた荷物を整理した。映像制作を生業としてきた関係でキャビネットのなかは絵コンテなど紙資料とビデオテープがほとんどである。かつてフィルムの時代もあった。作品集と称する十六ミリのリールも持っていた時代もある。どの制作会社にも映写機があった。
映像制作の現場にPCが導入され、普及していったのは1980年代の終わり頃だったと思う。15秒の映像をデータにして電話回線で送るなんて(理論的には可能だったろうが)現実的ではなかった。それだけの容量を格納できる記憶媒体もしかり。
今、プレビューのためのメディアはビデオテープではなくなった。ハードディスクなどの記憶媒体が使われる。データはネットワークで流通する。紙資料にしても同様。デジタルの時代、すべてはデータ化され、カタチもなければ重さもない。
会社に置いてあったテープ類、紙類は処分してもらうことにした。テープの中身はすべてではないが、以前データ化してもらっている。紙資料もあらかたPDF化している。持ち帰るものは何もない。もちろん持ち帰ったところで再生する術もない(そしてもう一度見でみようとはおそらく思うまい)。
ふりかえって見ると僕は人生の大半をカタチも重さも手ざわりも、当然のことながらにおいもないものをつくるために費やされてきたのだ、結果的に。そう思うと少し寂しい。
スティーブン・キングをよく読んだ時期があった。『スタンド・バイ・ミー』『キャリー』『シャイニング』『クリスティーン』など。1990年代半ばくらいだったろうか。そのなかでもお気に入りがこの本だった。
リアルな世界とダークな世界を行き来しながら旅をする少年の物語である。この本はピーター・ストラウブとの共著(マッキントッシュのデータをやりとりしていたと聞いている)であるが、キングの作品をもう一度読むなら断然この作品だ。


2024年11月19日火曜日

森村誠一『人間の証明』

子どもの頃はよく映画を観た。月島のおばちゃん(母の叔母)に連れていってもらった築地の松竹でガメラを観たし、大井町にも映画館がいくつかあった。映画は僕らの世代でも身近な娯楽だった。
中学生、高校生になって映画は観なくなった。この時期は本も読まなくなったし、当時何をしていたか思い出せないけれど、娯楽のない毎日を過ごしていた。
高校時代、唯一観てみたいなと思った映画がある。「人間の証明」である。テレビコマーシャルで大々的に宣伝され、話題作となった。テーマ曲もヒットした。いわゆる角川映画の嚆矢ともいえる作品である。そんな宣伝文句に惹かれて久しぶりに映画を観に行こうと思ったのだ。監督は佐藤純彌、脚本は松山善三。もちろん彼らがすごいスタッフだと知ったのはずっと後のことだけれど、これまでにないスケールの大きな映画という印象を受けた。
映画が公開されたのがたしか1977年。大学受験を控えた高校3年生だった。原作はそれより前に出たのではないか。僕は角川文庫で読んだ。まず本で読むというのは昔からの悪い癖で野球の本や剣道の本、卓球の本など新しいスポーツに興味を持つとまず指南書のような書物に頼ってしまうのである。こういう頭でっかちはたいてい上達なんぞしない。
そういえば作者の森村誠一は昨年亡くなった。没後一年ということで縁のある町田市の市民文学館で森村誠一展が開催されているというニュースが流れていた。行ってみたい気もするが、『人間の証明』しか読んだことのない薄い読者としては敷居が高い。むしろ三鷹市に今年できた吉村昭書斎に行ってみたい。こっちはそれほど敷居が高くない。
『人間の証明』を読んだ記憶はあるが、中身はさほど憶えていない。映画も結局ロードショーで観ることはなく、ずっと後になってテレビで観た。そこでああ、こんなお話だったんだっけと思い出したのである。
母さん、僕のあの記憶どうしたでせうね?