山本一力という人は時代小説の作家らしい。一度テレビに出演しているとき、その風貌が時代小説だなあと思ったのだが、一方でその声がやわらかい低音でダンディな印象を受けた。
この本は彼の初めての現代小説だという。昭和30年代、中学生の主人公は高知から東京に出てくる。代々木上原界隈の新聞配達を高校卒業まで続け、その間当時代々木にあったワシントンハイツで英語を身につけ、後に旅行代理店に転職する。
ワシントンハイツというのは今のNHKや代々木公園一帯にあった米軍の住宅施設である。ぼくが物心ついたころにはすでになかったと思うし、代々木界隈はぼくにとって疎遠な土地であったこともあって、この本を読むまでは全く知らなかった。代々木公園はずっとずっと昔から、だだっ広い公園だと思っていた。
さて山本一力は時代小説の人だというが、なんとなく文章からもわかる気がしないでもない。文章が武骨な感じがするのだ。骨太でごつごつしてて、不器用そうな文章。さらっとなめらかで、スマートな描写があまりない。ざらざらしてでこぼこしている。そういう作風の人なのか、あるいは主人公の人生と、その背後に広がる昭和という時代を描くためにわざとそうしているのかはわからない。上手に噛み切れないするめを齧るように読みすすむことで昭和の味をじっくり味わう、そんな本だと思った。
それにしても昭和の中ごろは実に貧しかったと思う。急激に生活や文化が新しくなったことがいっそう貧しさを際立たせていた。ただぼくはそんな貧しい毎日の中で生まれ育ったことをとてもよかったと思っている。
(2004.2.8)
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