次女がまだ小さかった頃、住んでいたマンションの階段を使い、グリコで遊んだ。僕はずっとチョキを出し続ける。勝てばチヨコレイトで6段上がる。負けても娘はグリコで3段。そのうちパパはチョキしか出さないと気が付く。グーを出し続け、3段ずつ上っていく。6段差がついたところでパーを出す。パイナツプルで並ぶ。こんな大人げないやり方で子どもたちと遊んできた。考えてみれば、しりとりで語尾を「る」にする「る攻め」も大人げなかった。
この本を知ったのは毎日聴いているラジオ番組で紹介された時だと記憶している。著者本人が出演していたのか、どこかの出版社の編集者が紹介していたのか記憶は定かでない。そのタイトルからいつか読んでみたいなと思っているうちにすっかり忘れてしまっていたが、あるときパソコンの画面に書影があらわれた。それで思い出したように読んでみた。
考えさせられたのはゲームとルールだ。スポーツをはじめてとして、あらゆるゲームにルールがある。ルールには明文化されたルールと暗黙のルールがある。「公序良俗に反する行動言動は慎まなければならない」などというルールが明文化されているスポーツなんておそらくないだろう。
いつ頃からか、コンプライアンスが重視されるようになった。社会が窮屈になり、テレビはおもしろくなくなった。微に入り細に渡って明文化されたルール。暗黙のルールは排除される。保険の定款のようながんじがらめの、隙間のないルール。
地雷グリコにはじまるゲームの数々。はじめのうちは大人しかったが、徐々にエスカレートし、危険になっていく。しまいにはルールに抵触しなければ何をやってもかまわないことになる。ルールで制限されていないことは無制限なのだ。
決められたことだけ守っていれば、後は何をしたって自由だという考え方は今どきの若者たちの特徴なんだろうか。ジェネレーションギャップを大いに感じさせてくれた一冊だった。

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