2026年5月11日月曜日

向田邦子『眠る盃』

実家の片付けをしていたところ、大きめの金庫と小ぶりな金庫が戸袋にしまわれてあった。大きい方には父の相続関係や登記関連の書類が入っていた。小さい方は持っただけでじゃらじゃら音がするので小銭だろうと思われた。案の定、その中には100円硬貨がじゃらじゃら入っていた。1964年東京五輪の1000円硬貨も何枚か見つかった。昔のお金は買取店に持って行ってもほぼ額面通りでしか買い取ってくれないと知人に聞いたことがある。まあ、額面通りでもお金には違いないからありがたく受け取ることにした。家を片付けてくれてありがとうの気持ちをこめてくれた両親からのお駄賃だと思って。
後日思い立って、「昭和32年 100円」で検索してみた。そのときは買取価格630円だった。よくよく調べてみると昔の100円は銀だった(たしか60%)ので銀地金としての価値があるということらしい(溶かして形を変えることは日本の法律は禁止しているが)。今の100円硬貨は白銅(銅とニッケルの合金)でできている。金属としての価値はほぼない。
100円銀貨は10年前は150円から200円程度で取引されていたようだが、今では500~800円になっている。何百枚と持っているわけではないが、100円玉1枚が600円だと思うとちょっとうれしい。
「荒城の月」のめぐる盃を眠る盃と聴き違えていた少女の頃の思い出を軸に書かれたエッセー集。聴き違えは誰にもある。幼少期の身近な経験だ。僕も「君が代」のさざれ石の巌となりてはさざれ石の岩音なりてだとずっと思っていた。平和な時代に育ったからいいものをその前の時代だったら非国民と罵られたかもしれない。
今の100円硬貨が流通するようになったのは昭和42年。もう60年近い付き合いであるが、僕らが幼少の頃から親しんだ(そんなに多くお小遣いをもらわなかったが)100円銀貨は当時から500円以上の価値があったように思う。

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