桃太郎は時代によって、地域によっていろいろなストーリーになっている。手の付けようがない悪童だったため鬼退治に行かせたという話を昔何かで読んだ記憶もある。
僕たちが親しんだ桃太郎は雉、猿、犬を従えて鬼ヶ島に鬼退治に行き、鬼の財宝を持ち帰って幸せに暮らすという勧善懲悪の物語である。正義の味方にしておくことが教育的だった時代だ。今もそうかというとそうじゃないらしい。桃太郎は雉たちにきびだんごを与えることで主従関係を結ぶが、今は猿も犬も自主的に協力者になるようだ。鬼も退治されない。話し合いの末、共存する道を選ぶ。財宝は桃太郎が持ち帰り、持主に返すということになっているそうだ。昔の桃太郎で育った世代には「なんだこれ?」って感じだ。
さるかに合戦も猿は反省し、かにたちの仲間になる。考えが違う人間とはわかり合えないということを子どもたちに刷り込まないよう配慮されている。シンデレラだっていじわるをしてきた継母や姉たちとみんなで幸せに暮らすという。
僕たちの時代から二宮金次郎の銅像はあまり見かけなかったが、まだあった小学校でも撤去が続いているという。本を読みながら、薪を背負って歩くという行為が危険であり、ながらスマホを助長するという声があるという。俄かには信じ難いが、こうした声に配慮して座って読書する二宮金次郎の銅像もある。薪を背負ったまま座っているのと薪をおろしているのと二種類あるという。座って本を読むのに薪を背負い続けるのはちょっと笑える。
世の中が変われば、ものの見方も変わる。本来あったものが違う解釈を加えられ、変形していく。本来あったものも変化する社会の中で生きていかなければならないのだ。
朝井リョウをはじめて読む。若くして直木賞を受賞し、先日本屋大賞を受賞した話題の作家だ。
桃太郎など絵本の話はそのなかの短編で読んだ。
たまには新しい本を読まないと世の中の変化に追いつけなくなる。

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