夜の校舎窓ガラス壊してまわったり、盗んだバイクで走り出すことが僕たちの育った時代では当たり前だった(そんなにしょっちゅう起こっていたわけではないが)。体制とか権威とか何かに反抗して生きる時代だった。高度経済成長期で豊かな時代であったにもかかわらず、豊かさに比例するように不平不満も増大していた。
経済が滞り、時代や社会に抗う姿が見られなくなった。こんな世の中とどう協調していくかが若い世代の課題になった。ゆとり世代、ミレニアム世代、Z世代は僕たちのように管理の厳しい教育を受けていない。彼らはなんで窓ガラスを壊してまわらなけりゃならないの、と思うそうだ。
先日ニュースで見たが、近頃の新入社員は管理職になりたいと思わないのだそうだ。責任とプレッシャーを避けたいとか見合った報酬が貰えないとか、そんな理由があるらしい。
喜多川泰の著書を読むのはこれで3冊目。
僕たちの時代ではなく、今の若者たちの立場で読みすすめる。どのようにすれば充実した人生を得ることができるか、そのために何をしなければならないのか。『きみが来た場所』では祖父母が、『運転者』ではタクシーの運転手が主人公を導いてゆく。この本でその役割を担うのは手紙屋である。
読んでいて、思い出したのは吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』だ。そのせいか手紙屋は主人公に近い人ではないかとうすうす推察できた。
手紙が媒介する世界なので広がりに欠け、ややもすると理屈っぽくなりがちだ。『きみが来た場所』では想像力的な空間が主人公に啓志を与え、『運転者』ではダイナミックな空間移動が物語をしっかり支える。まったく同じ主題ではないから比較するのも野暮な話だが、やっぱり手紙のやりとりは地味だなと思う。
それでも手紙屋というユニークな着想を得て、若い人たちの「生きる」を支えていく文章は心地いい。ついつい引き込まれ、読みすすめてしまう10通の素敵な手紙だった。
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