2022年5月22日日曜日

夏目漱石『吾輩は猫である』

一般の人はあまり使う機会はないだろうが、和文通話表という一覧が無線局運用規則に定められている。要するに無線電話で確実にことばを伝えるために制定されたものだ。「朝日のあ」「いろはのい」と念を押すことによって間違って伝達しないための手段である。英語にもある(というか英文通話表=フォネティックコードの日本語版が和文通話表と解釈していい)。「A、アルファ」「B、ブラボー」などと言う。
和文通話表は昭和25年に施行された電波法で定められた。通信や電波はそれまでは逓信省、その後電気通信省、郵政省が管轄していたが、「切手のき」「手紙のて」「はがきのは」「無線のむ」「ラジオのら」と通信関係が多い。地名も「上野のう」「大阪のお」「東京のと」などがある。「ろ」は「ローマのろ」である。ロンドンではなくローマなのである。ましてやロシアでもない。「ぬ」は「沼津のぬ」である。「ぬり絵」でも「ぬかみそ」でもよかったかもしれないが、昭和の初期まで交通の要衝だった沼津が採用されている。
なんだかなあと思われるものもいくつかある。「そろばんのそ」「煙草のた」「マッチのま」「三笠のみ」「留守居のる」などは少し時代に取り残されているような気がする。「千鳥のち」も千鳥にピンとこない人が増えてきたと思う。
日本近代文学のはじめの一歩は間違いなく夏目漱石であろう。その漱石の最初の作品が本書である。恥ずかしながら、ついぞ読む機会がないまま、齢を重ねてしまった。突飛なアイデアから生まれたこのデビュー作はなかなか奥行があり、味わい深いものがある。後々の諸作品のためのいいスタートダッシュだったといえよう。
調べてみると和文通話表は古くは大正14年に制定されているようだ。「明石のア」「岩手のイ」「上野のウ」と地名が多く見られる。それに基づくと夏目は「名古屋のナ」「敦賀のツ」「目白のメ」となる。
どうでもいいようなことを書いてしまった。

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