今から150年前。旅は歩いて行くものだった。ほんの例外的に駕籠に乗ったり、馬に乗ったりしたものもいたにはいたが、圧倒的多数が徒歩で旅をした。移動速度に制限があるから、街道には宿場町が開け、栄えた。だいたいどこで昼を食べ、どこで泊まるかが計算されていた。のどかな時代といってしまえばそれまでだが、旅に出るというのはそれ相応の覚悟が必要だったのだ。
物語の舞台は中山道馬籠宿。名古屋、岐阜方面から木曽川を北東に遡上すると恵那、中津川を経て馬籠にたどり着く。その先に妻籠があり、さらに進むと関所のあった木曽福島。地名を鉄道路線と結びつけておぼえているせいか、塩尻で南東に方角を変えて東京をめざすといったイメージを持つが、実際の中山道は高崎や熊谷を経て板橋をめざす。いずれにしろ旅人たちは険阻な山道を歩いていった。
これまで読むことのなかったこの本は島崎藤村の代表作である。言ってみれば庶民から見た幕末維新か。木曾谷に設置された固定カメラからめまぐるしく揺れ動く時代をとらえた映像といっていい。黒船の動揺も旅人が日本中に伝えてまわった。勤王攘夷の風は天狗党によって木曽路にもたらされた。慶喜追討の命を受けた東山道軍も通り過ぎていった。街道は人が通りすぎるだけではなく、さまざまな情報の通り道だったことがわかる。
江戸から房州へは船が多く利用されていたという。房州で生まれ育ったわが高祖父も旅をした人であったろうか。江戸の繁華な町を歩いた人であったろうか。
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