2017年12月22日金曜日

柘植光彦『村上春樹の秘密 ゼロからわかる作品と人生』

築地に仕事場が移転して一年が過ぎた。
それまでの千代田区平河町はいわゆる山の手で、大名屋敷が多くあった。坂道も多かった。青山に出るには赤坂見附の深い谷を越える必要がある。九段に行くには永井坂を下って南法眼坂を上り、行人坂を下って、東郷坂を上る(他にもルートはあるが、どのみち上り下りをくり返す)。麹町や番町の、そんな起伏が案外きらいではなかった。
築地には坂道がない。
坂道というのは人生や青春のメタファーとしてよく登場する。坂がないということは町としての深みに欠けるきらいがある。歩いていても表情を感じない。のっぺりしている。傘がないなら歌にもなるが、坂がないのは味気ない。
その代わりといってはなんだが、築地には川がある。かつて大川と呼ばれただけあって大きな川である。橋が架かっている。大きな橋の上から川面ながめると滔々と水をたたえている。少しだけ豊かな気持ちになる(その昔、銀座や築地がたくさんの川にかこまれていた時代を思うともっと気持ちが昂ってくる)。
坂道がないぶん、下町に住む人たちは川の流れに人生や青春の思いを込めたのかもしれない。そういった意味からすると世界は平等にできている。
村上春樹の小説が初期のものを中心に電子書籍化されている。『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』の初期三部作を電子ブックリーダーで読む。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も読みたいがまだ電子化されていないようだ。
村上春樹の解説本や研究本にはあまり興味がない。誰かが書いた村上春樹より、村上春樹が書いた文章の方が圧倒的におもしろいからだ。
でもこの本はちょっとよかった。村上春樹の人生は上京して早稲田大学入学とともにはじまったように思えるけど、ちゃんと両親がいて、小学生時代があったこともわかったから(Wikipediaには書かれているそうだが)。
たまにはこういう本も読んでみるものだ。

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