島倉千代子のように髪を短くして強く小指を噛んだりはしなかったが、部活動を続けるうえで頭髪は短い方が都合がよかったのだ。ところが中学校の3年間、僕は床屋なしの生活をしていたので、さてどこの床屋に行けばいいだろうと考えてしまった。何となく気持ちの上では小学校時代に通った「富士」に行くのも「なんだよ、ずいぶん御無沙汰しやがったじゃねえか」的な冷たい視線を浴びそうでいやだった。かといって新しい床屋を開拓するのもそれなりのエネルギーが必要だ。
結果的にいうとよく行く銭湯の道すがらにある「やひこ」という床屋に通うようになった。きっかけは思い出せない。誰かしらからいい評判を聞いたせいかもしれないし、風呂の行き帰りにのぞいてみた店内に悪い印象を持たなかったせいかもしれない。細面の長身の理容師が感じのいい人だったことは否めない。
僕は癖っ毛でいわゆる天然パーマである。普通の人のスポーツ刈り(今もそう言うのかどうかわからないが、昔は慎太郎刈りとも呼ばれていた)程度の長さでも髪が寝てしまうのであまり短髪のイメージにはならなかった。でも頭髪に癖があるというのは床屋さんに申し訳ない気持ちをいつも持ってしまうものである。そういうわけでいちど決めた床屋には通いつづける。「冨士」から「やひこ」へ。標高は低くなったが、毎度のように肩身を狭くして敷居を跨いだのであった。
憲法論議がさかんである。
護憲派は日本国憲法は世界に誇れる宝物のように言うし、改憲派は日本を安全な国家にする必要性を説く。また日本の憲法がGHQ主導でつくられた傀儡憲法であるという言い方もされる。いずれにせよ、護憲派も改憲派も、あるいは憲法に興味がないという人も日本国憲法の「そもそも」を知る必要があるんじゃないだろうか。
大学を出て、就職し、ひとり暮らしをはじめた20代の終わり頃まで僕は「やひこ」に通いつづけた。
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