実家を出てひとり暮らしをはじめた20代の終わり、住んでいるところからほど近いところに「小泉」という床屋はあった。前を通りかかると休みの日などはたいてい客が待っている。その町には床屋や美容室が多かったにもかかわらずだ。メンズサロンとか近未来的なおしゃれさのかけらもない古びた店がまえも気に入った。腕のよさそうなにおいがする。店主は赤ら顔の職人風の男だった。
小泉は僕がはじめて行った直後に改装されて、今風の洗髪台などが完備されたが、最初に行ったときは店の片隅にある流しまで歩いてシャンプーを落とした。そういう風情の店だった。「お客さんみたいに髪にくせがある人は短くした方がいいんですよ」といっては丹念に時間をかけて刈り込んでくれた。娘さんが修業中だったのか、店の手伝いをしていた。赤ら顔をさらに赤くした父親に、聞こえないような飲みこんだ声で怒鳴られているのを鏡越しに見ていた。
「お嬢さんが跡継いでくれるなんてうらやましいね」などと客に言われようものなら、また顔を赤らめて「こんなもんにまかせるほどもうろくしちゃいませんよ」などという。少しうれしそうでもある。そしてすぐに「チッ!何度言ったらわかるんだ、そこはそうじゃないっていつも言ってるだろ…」と聞こえないような声で娘を怒鳴る。
この本は大岡昇平の自伝『幼年』の続編にあたる。その舞台がほぼ渋谷だったのに対し、『少年』では学校のあった青山や従兄の住んでいた麻布市兵衛町あたりが中心になる。中学生になって行動半径がひろがっている。渋谷青山間で乗る市電も楽しそうに描かれている。
中学生ともなると記憶も鮮明なのではないかと思うが、案外そうでもないようだ。憶え間違いを何度も友人たちに正されている。人の記憶も思い出もはかないものだ。
何年かたって、僕はこの町を去った。それでもしばらくは電車に乗って、「小泉」に通っていた。店主は元気でいるだろうか。
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