2011年6月11日土曜日

坂崎重盛『東京文芸散歩』


おっちゃんの話。つづき。
6年になって、修学旅行の班分けが学級会の議題になった。なんとなく仲のいい者どうしが集まって自然といくつかのグループができあがっていた。たしか僕はそのうちのひとつのリーダー的な役割を負わされていた。
自然発生的に班ができたとはいえ、あぶれて孤立する者もいる。おっちゃんもそのひとりになってしまった。その日、僕は気まずい雰囲気の学級会で担任のN先生に呼ばれ、なぜおっちゃんを仲間に入れないのかと訊ねられた。今となってははっきり憶えていないけれど、他のメンバーのうちの何人かがおっちゃんといっしょに行動すると足手まといになると言っていたからだ、というようなことを答えたと思う。
その瞬間だった。N先生の黒く、骨ばった平手が飛んできたのは。
痛みは感じなかった。ただただ恥ずかしくて、情けなくて、涙があふれた。
その後同じ中学校に通うことになったが、同じクラスになることはなく、次第におっちゃんとの距離はひろがってしまった。さすがに中学生ともなると、できることはできるだけ自分でするおっちゃんもなかなか付いていけなくなってきたこともある。おっちゃんの中学時代は孤独とたたかい続ける毎日だったに違いない。
卒業後、おっちゃんは職業訓練を行う施設のような、学校のようなところに進んだと記憶している。そしてときどき忘れかけたころ、僕のうちにふらっと遊びに来てくれた。そのとき何を話したのか、今ではまったく憶えていない。
おっちゃんと修学旅行でいっしょに行動したことはたぶん、僕のなかでかけがいのない思い出になっているはずだ。それまで知らなかったおっちゃんの、全身を切り刻まれたような手術の痕をお風呂で見たこともさることながら、誇り高く生きることをN先生に教わったような気がしたからだ。
おっちゃんは今、どこでなにをしているのだろう。
今回読んだのも東京町歩き本。文学の香り高い一冊であった。

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