川本三郎の町歩き本を手本にしてずいぶん東京を歩いた(さらにその師は永井荷風であるが)。その後、暗渠に着目する若き探検家の本を読んだりして、それなりに東京を掘り起こしてきた。
著者のいう通り、かつての大名屋敷が大学になったり、植物園になったりした江戸城(皇居)の北側にくらべて、明治の頃から南西側は練兵場など後に陸軍の施設が増えていく。明治政府は、この方面に脅威を感じたのかもしれない。青山、代々木の練兵場をはじめとして、駒場から駒沢にかけて、国道246号(旧大山街道)に沿って陸軍の施設が集中していた。赤坂、渋谷が歓楽街になったのは主に陸軍の力によると言われている。これらの施設は戦後、占領軍に接収される。赤坂、六本木は進駐軍によってモダンな歓楽街となる。
その後一部を除いて、接収が解除される。いちばん大きなものは代々木一帯、かつてワシントンハイツと呼ばれた広大な米軍住宅だろう。1964年の東京五輪開催にあたって返還され、選手村になった。今は代々木公園やNHK、渋谷公会堂などになっている。ワシントンハイツ時代の代々木は安岡章太郎や山本一力の小説に描かれている。
これらの軍用地を国や民間が引き取ることで街の景色が変わっていく。古くから栄えた日本橋、銀座、浅草に加えて南西側は新たな都心となり、開発に開発を重ねていったのだ。そういった意味からすれば、著者のいうような時間の層が埋もれてしまった一角であることは否めない。それでも歴史を掘り起こす街歩きを標榜する著者にとって手強いながらも魅力的な地域であろう。
前作『東京裏返し 社会学的街歩き』に続いて楽しく読了。実際に歩いた穏田川~渋谷川~古川流域や四谷若葉町~鮫河橋、荒木町~曙橋を経て、余丁町、市ヶ谷監獄のあった辺りを思い出す。余丁町から西向天神まで歩いたことも何度かある。四谷は機会があればまた訪ねてみたい。その谷底には魅力が埋まっている。
0 件のコメント:
コメントを投稿