昭和の半ばに生を享け、30年近くを昭和という時代に過ごした。
昭和というと戦争の色合いが強いが、その後に生まれた僕らにとって昭和とはいかなる時代だったのか。ちょっと学んでみようと思い、先に読んだ前編に続いて後編を読んでみる。
僕にとっての昭和は時代遅れで不衛生な時代に映る。幼少期は特にそうだった。川や溝は臭く、町は埃っぽく空気は汚れていた。こうした汚染を犠牲に人びとは利便性や快適な生活を獲得した。昭和の最後半、それは僕にとっては青年期にあたる。高度経済成長のツケがまわってくる。さまざまな不適切が蔓延しはじめる。
もちろんそれは今という時代から見た昭和であり、当時その渦中にあった僕はさほど不便も不衛生も不適切も感じなかった。人はなかなか「今」を適切に判断したり、評価したりすることはできないのだ。そのために歴史はある。
前作同様、興味深く昭和を学ぶことができた、というのが率直な感想である。講義の重点は戦後新しい国づくりの模索であり、その骨格をつくったのがダグラス・マッカーサーと昭和天皇であることがよくわかる。GHQの施策は時とともに変化はしていくものの民主国家日本はやがて独立国家となる。
さらに興味深かったのは、戦後の総理大臣が取り組むべき課題をしっかり把握していたことだ。これは今の政治家には感じられない。吉田茂は講和条約を締結し、日本を独立させた。芦田均は日ソの国交を回復した。岸信介は日米安全保障条約を改定し、池田勇人は吉田茂の路線を引き継ぎ、経済大国の礎をつくる。佐藤栄作は沖縄返還を、田中角栄は日中国交回復を実現する。
その後、首相として大きな仕事をした人がいるだろうか。国鉄民営化、郵政民営化はそれなりに評価すべき仕事だとは思うが、先人ら取り組みにくらべるとスケールが小さい。昨今の政治家を見ていると高速道路や下水管にもたらされる老朽化がこの国にももたされているかのようである。
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